沖縄県立南部医療センター・こども医療センター(南風原町)で、子どもたちにボランティアでヘアカットや着付けをしている美容師がいる。中城村当間で美容室「PRAHA(プラハ)」を営む宮本文望(あやみ)さん(38)。同院にボランティア登録したのは2年前。闘病していた娘の夢叶(ゆな)ちゃんの四十九日が終わってすぐのことだ。(中部報道部・平島夏実)

スーツケースにハサミやヘアアイロンを詰めて病院へ行く宮本文望さん=5月17日、中城村当間の美容室「PRAHA」

3歳で亡くなった夢叶ちゃん(提供)

スーツケースにハサミやヘアアイロンを詰めて病院へ行く宮本文望さん=5月17日、中城村当間の美容室「PRAHA」 3歳で亡くなった夢叶ちゃん(提供)

 夢叶ちゃんはこども医療センターで入退院を繰り返し、3歳で亡くなった。病院の待合室、廊下、プレイルーム。どこを見ても思い出がよみがえり、病院にボランティアに来た文望さんは、よく泣いていた。

 「でも、夢叶がつないでくれた縁を大切にしたい。もし私があと1年しか生きられなかったらって考えるんです」

 「あと1年」は、病気らしい病気をせずに育った夢叶ちゃんが2歳の時に突然受けた余命宣告。血痰(けったん)を吐いて入院し、小児にはまれな「拘束型心筋症」と診断された。心臓移植のリスクに、文望さんはただただ号泣する日々を送った。

 「ピンクのランドセルで、ねーねー(姉)と同じ学校に行く」と無邪気に笑う夢叶ちゃんを元気づけようと、文望さんの知人らの呼び掛けで、県内はもちろん面識のない海外の県人からも手紙が寄せられた。その数は2200通を超えた。

 病院では、スタッフが総出でイベントを企画してくれた。医師も看護師もハロウィーンには本気で仮装して練り歩き、夢叶ちゃんらを驚かせた。一緒に遊んでくれる保育士やボランティアもいて、文望さんは「地球から火星に連れて来られたような孤独感」が少しずつ癒えていったと振り返る。

 最期まで寄り添ってくれた病院に、何か恩返しできることはないか-。夢叶ちゃんを腕の中でみとった文望さんはボランティア登録を決めた。カットや着付けを通じて、子どもたちが治療に前向きな気持ちになれたらと願う。

 病院では「これから抗がん剤治療で髪が抜けるから、なるべく短くしてほしい」「吐いた時に前髪が汚れるから切って」と現実的な注文が多い中、少しでもデザインを加えて仕上げる。車いすの子や寝たきりの子は、体をどこまで動かせるか聞き取ってからハサミを動かす。着付けでは、点滴などのチューブの位置確認も忘れない。

 「今日はこれで良かったんだろうか」と帰り道の文望さんはいつも考え込む。でも、子どもたちの笑顔を思い浮かべ自分も前向きになる。「夢叶が私のところに生まれてくれた意味が、きっとあるから」