米軍普天間飛行場の返還問題を巡り、1996年から97年にかけて当時の橋本龍太郎首相と大田昌秀知事が行った会談で、県が残した記録は新聞報道と酷似した概要だけであることが、沖縄タイムスの情報開示請求で分かった。県によると、他に会談録やメモなどは一切ない。識者は「必要な情報がなく、県は今も政府と十分に交渉できていない恐れがある」と指摘する。(政経部・下地由実子)

(左から)橋本龍太郎氏と大田昌秀氏

来県した橋本龍太郎首相が海上ヘリポート案を検討していると報じる沖縄タイムスの1996年9月17日付夕刊

「橋本龍太郎首相が米側提案の海上ヘリポート案を『価値がある』と発言した」と記載する県作成の「総理・知事会談の概要」

(左から)橋本龍太郎氏と大田昌秀氏 来県した橋本龍太郎首相が海上ヘリポート案を検討していると報じる沖縄タイムスの1996年9月17日付夕刊 「橋本龍太郎首相が米側提案の海上ヘリポート案を『価値がある』と発言した」と記載する県作成の「総理・知事会談の概要」

 総理・知事会談は95年の米兵暴行事件を契機に、村山富市首相と同年11月に2回、橋本首相と96、97年に17回行われた。日米が96年4月に合意した普天間飛行場返還に伴い、条件とした県内移設を議論した。

 本紙は「橋本大田会談に関する全ての文書」を開示請求。県は「沖縄問題に関する総理・知事会談の概要」1点を特定し、6月11日付で開示した。

 A4判で全8ページ。作成したのは基地対策室(93~2004年度)で、作成時期は不明。1995~99年に基地対策室長や知事公室長だった元幹部は「作成の記憶はない。知事から会談の記録を作るよう指示された記憶もない」と証言。基地対策課の担当者は「新聞記事のまとめだろう。職員も断片的にしか分からず、困って記事をまとめたのではないか」とした。

 「概要」は開催年月日と会談内容の2項目で構成。本紙が確認したところ、村山氏の2回、橋本氏の少なくとも15回の会談内容は、本紙と琉球新報の記事に酷似した表現で記している。

 96年9月17日の会談では「総理は(中略)『自然破壊につながらない海上案は、ひとつのオプションとして検討の価値があると思う』と述べた」とし、同日の本紙夕刊と同様の記述だった。97年11月7日では「知事は、会談後の記者会見で『(中略)基地問題も含め、現実的対応を考えないと問題は進まない』と述べ、県内移設の容認を示唆する発言をした」と記載。その日の琉球新報が大田氏のコメントを同じ表現で記し「県内移設の容認を示唆した」と報じていた。

 大田氏の後任の稲嶺恵一元知事は「会談の記録はない。内容は分からない。推測するしかない」と本紙インタビューに答えていた。

 沖縄返還交渉に関する米国公文書を発見し、日米の財政密約の存在を証明した沖縄対外問題研究会の我部政明代表は「問題の出発点である会談の1次情報が存在しないことは驚くほかない。過去に学ばない弊害は、基地問題で沖縄の要望が実現していない現状に表れている」と指摘した。