戦後76年。制定から60年の節目を迎えた「慰霊の日」は、昨年に引き続き新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けた。

 緊急事態宣言が出される中、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式の参列者は、わずか36人。例年は5千人規模で開かれており、同じくコロナ下だった昨年の160人余と比べても極めて小規模だった。

 各地で毎年開かれている慰霊祭なども中止や規模縮小を余儀なくされ、自主参拝となった所も多かった。

 それでも戦没者を悼み、平和への誓いを新たにする慰霊の日の意義は変わらない。

 戦没者の名前が刻まれた「平和の礎」には、花を手向け名前をなぞる遺族の姿があった。3世代で訪れ、そろって手を合わせる家族連れもいた。

 終戦翌年に住民の手で建立された糸満市米須の「魂(こん)魄(ぱく)の塔」にも、家族に伴われたお年寄りらが次々に訪れた。

 時折打ち付けるような強い雨の中でも祈る姿が各地にあった。平和への思いを途切れさせない、という沖縄の人々の静かな意思が伝わってくる、そんな一日だった。

 玉城デニー知事は自身にとり3度目の平和宣言で、戦争体験や教訓を次代に正しく伝えていく決意を示した。日米両政府に、辺野古新基地建設が唯一の解決策という考えにとらわれず、県を含めた協議の場を設けるよう要望した。

 ただ、全体的に抽象的な表現が多く、強いメッセージをもった言葉としては響いてこなかった。

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 一方、同じ平和祈念公園内で関心を集めていたのは、ハンガーストライキを行っていた沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さんだ。

 具志堅さんは、戦没者の遺骨が眠る沖縄本島南部の土砂が、新基地建設のための埋め立てに使われる恐れがあるとして「人道上許されない」と訴えている。

 「遺骨は遺族のもの 戦争基地に投げ込むな」。その訴えは、沖縄にとって戦争がいまだ終わっていないことを浮き彫りにするものだ。

 追悼式を終えた玉城知事と会った具志堅さんは、沖縄防衛局の埋め立て変更承認申請を不承認とするよう求めた。ただ、知事は「しっかり考えたい」と答えるにとどまった。

 具志堅さんの訴えには平和祈念公園を訪れた遺族らも共感を寄せ、激励の言葉を掛けていた。知事はその思いを受け止め行動に移すべきだ。

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 知事の平和宣言で、昨年に続いて新基地建設の断念を求める文言がなかったのはどうしてなのか。

 玉城知事は「対立ではなく、より受け止めやすい表現を考えた」と説明するが、それでは知事が何をしたいのか姿勢が見えにくい。

 雨の中で平和への祈りをささげた人々の思い、遺骨が眠る土砂が埋め立てに使われれば「戦没者を2度殺すようなもの」という問題提起にどう向き合うのか。

 来年の復帰50年に向けて県民の思いや訴えをどう具体化するかが知事には問われている。