【うるま】1959年に石川市(現うるま市石川)の宮森小学校と周辺住宅地に米軍戦闘機が墜落し、児童を含む18人が犠牲になった事故から62年を迎えた30日、宮森小学校で児童会主催の追悼集会が開かれた。同校の5~6年生約150人が参加し、犠牲者の冥福と平和を祈った。

米軍機墜落事故の犠牲者の冥福を祈り、花と千羽鶴を供える宮森小学校の児童=30日午前、うるま市・同校

 児童らは黙とう後、「平和の誓い」を群読し、犠牲者の名前が刻まれた「仲よし地蔵」に千羽鶴と花を奉納。6年生の児童は一人一人校内に設置された「平和の鐘」を鳴らして手を合わせた。

 当時3年生だった弟を亡くした上間義盛さんは「犠牲になった18人は安全で安心な学校生活ができるよう見守っていると思う。すくすくと育ち、平和を愛する立派な社会人になって」と児童に思いを伝えた。

 参加した6年生の仲村渠結愛さん(11)は「本当に恐ろしい体験だったと思う。中学生になったら宮森小以外の友達にも事故のことを伝え、6月30日には仲よし地蔵に一緒に手を合わせられたら」と話した。

 新垣桂校長は「当たり前の毎日が一瞬で奪われた先輩方がいたことを決して忘れてはいけない。消し去ることのできない歴史を引き継ぎ、命どぅ宝をかみしめて伝えていきましょう」と呼びかけた。