1972年12月16日に開館し、多くの人々に親しまれてきたキタボウリングセンター(沖縄県名護市)が6月20日、閉館した。建物の老朽化や新型コロナウイルスの影響による時間短縮営業などが続き大幅に収入が減少。運営が厳しくなり閉館を決めたという。48年余りの歴史を知る利用者からは「寂しい」「本当にありがとう」と閉館を惜しむ声が上がった。(北部報道部・當銘悠)

1988年ごろのキタボウリングセンター=名護市城(同センター提供)

キタボウリングセンターでの最後のリーグ戦を楽しむ人たち=5月14日、名護市城

1988年ごろのキタボウリングセンター=名護市城(同センター提供) キタボウリングセンターでの最後のリーグ戦を楽しむ人たち=5月14日、名護市城

■音の響き

 開館当初は地元の会社員らを中心に賑わい、2~3時間待ちの状態が続いた。利用者が絶えず、午前5時ごろまで営業していたこともあったという。約30年前にはオートスコアラー(自動採点機)を導入。家族連れにも親しまれたほか、これまで行われた数々のリーグ戦には多くの愛好家が参加してきた。

 仲村司支配人によると、同ボウリング場はウッドレーンで、建物は体育館のような造りをしているため音の響きが良く、ボウラーの間で評判が良かった。50年の節目に向けて補修、改装も検討したが、多額の費用がかかることや、コロナ禍の大幅な収益減も重なり閉館を決めた。

■寂しい…

 5月14日には最後のリーグ戦「山浩商事共済会リーグ」が開催され、参加者らがプレーを楽しんだ。山浩商事グループ共済会の宮城郁朗さん(63)は「約35年前から利用している。長い間私たちを楽しませてくれた」とこれまでを振り返った。山浩商事燃料事業部名護石油の大城康志所長(59)は「高校生の時は唯一の楽しみの拠点だった。青春そのもので終わってしまうのは寂しい」と語った。

 常連客からも惜しむ声が上がる。40年近く通い続けた中村良子さん(91)=大東区=は「みんなでボウリングをして、おしゃべりをしてとっても楽しいところだった。閉館は本当に残念」と寂しさをにじませた。

 キタボウリングセンターの山端康成社長は「今後、ここは地域に貢献できる場所にできればと考えている。本当に多くの人に利用していただきありがたい」と感謝。仲村支配人は「お客さんにはありがとうという気持ちしかない。今後もボウリング人口が増えていってほしい」と願った。