仲本聖輝さん(61)は、沖縄県うるま市勝連平敷屋に住み4月に肺炎で亡くなった父、輝夫さん(享年87)の書斎を整理中、沖縄タイムスの記事を切り抜いて記録したファイルを30冊以上見つけた。毎朝新聞を読むのが日課の勉強家で、きちょうめんな性格が表れた切り抜きの記事。家族は生前の輝夫さんを思い出しながら残されたファイルに目を通している。(中部報道部・仲村時宇ラ)

輝夫さんが生前制作していた、沖縄タイムスの投稿コーナー「茶のみ話」の切り抜きファイル

4月に亡くなった夫、仲本輝夫さんの遺影を手にするヤスさん(右)と、息子の聖輝さん=6月10日、うるま市勝連平敷屋

輝夫さんが生前制作していた、沖縄タイムスの投稿コーナー「茶のみ話」の切り抜きファイル 4月に亡くなった夫、仲本輝夫さんの遺影を手にするヤスさん(右)と、息子の聖輝さん=6月10日、うるま市勝連平敷屋

 初七日を終え遺品整理をしている際に見つかったのは、読者が日常の出来事やニュースについて考えたことなどを投稿する「茶のみ話」や1面のコラム「大弦小弦」、文化面のコラム「唐獅子」などの記事を種類ごとに分けて記録したファイル。特に数の多かった「茶のみ話」は、2008年の4月から20年12月31日まで計28冊にわたり、毎日記事が整理されていた。

 ファイルは表紙から中のページまで全て手作り。厚紙で表紙を作り、一つ一つのページも角を丸くカットして製本するなど、丁寧な作業の跡が見える。

 原稿用紙に手書きで作られた目次も付けられ、記事の日付やタイトル、執筆者の名前なども一つ一つ丁寧に記録されていた。聖輝さんは「明らかに後で人に読んでもらうために作ったものだと思う」とファイルの印象を話す。

 自身の仏壇に飾る榊の木も自ら植えて用意していたほど用意周到だったという輝夫さん。「家族が暇を持て余すことがないようにと考えて作っていたのかな。本当にきちょうめんな人だ」と話した。

 新型コロナウイルスの影響で、輝夫さんと言葉を交わしたのは画面を通じたウェブ面会が最後だった。輝夫さんの妻ヤスさん(86)は、十分なお別れができなかったことが「どうしても悔しかった」と涙を浮かべる。「ちょっと頑固だけれど、私の誕生日にはいつも一緒にステーキを食べに行ってくれる、家族思いの人だった」と振り返りながらファイルを手に取った。

 輝夫さんが毎日楽しみに読んでいたことを知り「今では必ず新聞は『茶のみ話』から読むようになってしまった」と笑う聖輝さん。28冊ある「茶のみ話」のファイルは、半分ほどしか目を通していない。「部屋を片付ければ他のファイルも出てくるはず。形見として大切にして、ゆっくり読んでいきたい」と語った。