「パパさんは、女の子になりたいの?」。妻から真っすぐな目で聞かれ、ケンさん(52)=仮名、沖縄県宜野湾市=はたじろいた。結婚19年目。何か買う時は「これ、かわいい!」と言いたいのをこらえ、男物を選ぶようにしてきた。おしゃべりの話題は、興味がなくても格闘技。張り切って子育てをしてきたのは、産む側になれないのが悔しかったからだと思う。本当のことを言ったら離婚だろうか-。でも、打ち明けるなら、これが最後のチャンスかもしれない。ケンさんは大好きな妻に切り出した。「実はさ…」(中部報道部・平島夏実)

「心は女性なので『女装している』というわけではないんです」と話すケンさん=6月、宜野湾市内の自宅

 ケンさんは体は男性、心は女性。外見と内面に差が出やすいトランスジェンダーの一人だ。なるべく男性らしく振る舞ってきて、2児の父親になった。昨秋に初めて家族に打ち明け、ことし4月にホルモン治療を始めた。

 大林宣彦監督の映画「転校生」では、中学生の男女が階段から落ち、弾みで身体が入れ替わる。ケンさんがずっと憧れてきたシーンだ。

 学生時代は、自分を「僕」「俺」と呼んで過ごした。「社会人になったら『私』と言うのが当たり前。そう教えてもらった時は、もう、本当にうれしかった」

 だが、体は男性のまま。ケンさんは「もし女性だったらこうするけど、男性だったらこう」と必ず2パターン考え、男性らしいしぐさを選択してきたという。

 父親になったケンさんは、休日のたびミルクとおむつを持って子どもと出掛け、妻が息抜きできるようにした。平日は率先して夕飯を作った。子どもが体調を崩す前触れには、いち早く気付いた。「長男なんだから」と厳しくしつけられた幼少期からずっと夢だった「信頼し合える家族」。ケンさんは「女性として生きていれば、結婚と子どもは諦めるしかなかったと思う」と振り返る。

 だから余計に、トランスジェンダーだと妻に打ち明けるハードルは高かった。分かってもらえても、「私が好きになったのは男性のあなただから」と言われれば素の自分は出せない。「離婚」の2文字が怖かったが、昨秋、「女の子になりたいの?」と聞いてきた妻の目は真剣だった。ケンさんは覚悟を決めた。

 話を聞き終えた妻は言った。「あなたがこれまで助けてくれて、今の私がいる。私の人生に必要な存在なの。あなたらしくいて」。中学生と社会人の子ども2人は「今更? 全然分かってるし、これからも自分たちの大事なパパだし」と笑った。

 今、ケンさんは妻や子どもと女性服をシェアし、化粧をして出勤する。家族で出掛ける時は、「パパさん」の代わりに考えた中性的な通称名を使う。低めの地声を気にして小声で話すケンさんに、妻は耳を寄せてうなずいてくれる。一歩外に出れば荒波だが「少しずつ積み重ねて、今ここまで来たなあ」と感じる。

 「ありがとう」-。ケンさんは万感の思いで家族と暮らしている。

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 「宜野湾市男女共同参画推進条例」が1日、施行された。同条例は「すべての人が、性別等にかかわりなく個人として尊重される」よう定め、前文では、多様性を認め合うとうたっている。