[想い風]

 先月死去したドナルド・ラムズフェルド元国防長官は在任中、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設見直しを訴えた。だが日米両政府は計画を変えようとしなかった。なぜか。答えを求め、私はラムズフェルド氏を追いかける旅を始めた。

 引退したとはいえ、沖縄の新聞記者が元国防長官と接触するのは容易ではない。同氏がいるあらゆる場に足を運び、「沖縄の新聞記者に話すことはない」と何度も拒まれた末、ようやく2011年に単独取材が実現した。しかし同氏は、米軍普天間飛行場の移設問題の責任は日本にあると突き放し、過去の経緯については固く口を閉ざした。

 ラムズフェルド氏と沖縄の関わりは1962年に30歳で下院議員に当選した頃までさかのぼる。日本側との交流を通じ、施政権返還問題で揺れていた沖縄の状況を知った。

 69年にニクソン政権が発足すると、議員を辞職し政権入りしたが、沖縄を憂う気持ちは持ち続けた。

 同年にしたためたニクソン大統領宛ての書簡では、「米国は戦後、沖縄と日本の人々への配慮を欠いたまま、沖縄を軍事基地として機能させてきた」と米国の沖縄政策を批判し、在沖基地の重要性を強調することなく、主要機能の移転を命じるべきだと提言した。

 75年には43歳で米史上最年少で国防長官に就任。2001年に再び国防長官の座につくと、米軍再編に着手した。...