あってはならない事故が、また起きた。

 渡名喜島沖で、米軍普天間飛行場所属のCH53E大型ヘリから、鉄製コンテナが落下した。

 縦が約2メートル、横と高さは約2・5メートルもの大きさだ。落下時の衝撃は計り知れない。漁船が日常的に航行する海域である。船や人に当たっていたら、と想像するだけでぞっとする。

 現場は渡名喜島と入砂島の間の海域。入砂島は米軍の射爆撃訓練場になっており、何らかの工事をしていたようだ。

 住民がいる渡名喜島とは、わずか4キロしか離れていない。島が訓練場であるがゆえに、事故が起きる。2015年には入砂島の南西海上に、米軍ヘリが計208キロの部品を落とした。

 今回、危険と隣り合わせの生活を強いられる実情が、またもや浮き彫りになった。

 「上空から落下物が落ちてくることは、普通の生活環境ではあり得ない」。桃原優村長の言葉が、村民の負担と不安を代弁している。

 現場の海域には多くの段ボール箱が浮かんでいた。村と漁協は、米軍の食料とみられる箱を回収している。

 ヘリはどこを出発してどこへ向かい、何の目的でどんな物資をつり下げていたのか。

 落下は操縦士に指示が出たためか。物資が予期せずワイヤから離れたのか。事故に至った経緯を究明し、速やかに公表してもらいたい。

 桃原村長と村議会は米軍に抗議する方針で、県議会も抗議の動きをみせている。

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 なぜ、コンテナのような鉄製の物体が空から降ってくるのか。

 CH53Eは昨年2月にも、つり下げた鉄製の戦車型構造物を読谷村沖の海に落とした。2006年には、同じく読谷村で都屋漁港の防波堤近くに、つり下げた廃車を落下させる事故も起こしている。

 海兵隊の政務外交部長は昨年、県の抗議に「つり下げ訓練は必要で、止めることはない」と回答している。住民の不安解消より軍の練度維持が優先と言わんばかりの対応だ。その後も事故は繰り返されている。

 県民には、痛ましい事故の記憶がある。1965年、米軍ヘリからパラシュート投下されたトレーラーが民間地に落下し、11歳の少女の命を奪った。

 安全な日常さえ保障されない不条理は、半世紀以上たった今も変わらない。

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 CH53Eは2017年、東村高江の民間地で炎上する事故と、普天間第二小への窓落下事故も起こしている。米海兵隊が運用を始めたのは40年前の1981年。事故の頻発には老朽化などの要因が指摘されている。全ての機体を早急に点検する必要がある。

 今回の落下場所が海上だったのは、たまたまだ。いつ民間地に新たな被害が及ぶか分からない。危険が住民生活と隣り合わせで常態化する沖縄の現状こそ問題だろう。

 つり下げ飛行は、市民が望む平穏な生活と相いれない。中止することが、根本的な再発防止策だ。