【東京】「感謝以外に、何の言葉もございません」。人間国宝に認定されることになった志田房子さんは、喜びをこう表現した。芸歴は80年を越える。「また今日から、踊りの一回一回が始まったような気がします」と気持ちを新たにした。

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 1937年に那覇で生まれ、3歳で玉城盛重師に師事。島袋光裕師ら多くの先達からも教わった。戦後、沖縄が焦土と化した時代には、ドラム缶の上にベニヤ板を敷いた舞台で踊った。

 「娘が生まれたら踊りをさせたい」。そんな母の思いが舞踊を始めたきっかけ。母は94年に亡くなったが「元気でいたら、どんなに喜んでくれただろう」と思いをはせる。

 68年に沖縄を離れて上京。東京の地で技芸のあるべき姿を追い求めた。一方で、戦争体験者として平和への思いも強く、創作「鎮魂の詞」には沖縄戦犠牲者追悼の思いを込めた。...