東京五輪がきょう開幕する。夏の五輪が日本で開かれるのは57年ぶりだ。

 共同通信の世論調査では、五輪の競技実施を「楽しみにしている」と答えた人が7割を超えた。スポーツには人々を勇気づけ、前向きにさせる力がある。選手たちには持てる力を最大限に発揮してもらいたい。

 ただ、世界の注目が集まる「平和の祭典」がついに始まるというのに、高揚感や祝賀ムードは感じられない。

 1年半も続くコロナ禍が影を落とし、国内は今また感染拡大の波が押し寄せている。ほとんどの競技会場は無観客に決まった。

 大会関係者と外部との接触を絶つはずの「バブル方式」は、空港やホテルなどでほころびが生じ実効性が疑問視されている。大会関連の陽性者は既に90人近くに上る。

 日本への出発前や来日後の検査で陽性となり欠場することになった選手も相次ぎ、競技への影響が出始めている。夢の舞台を目前にして、出場を断念せざるを得ない選手の胸の内を思うと気の毒でならない。

 男子サッカーでは日本の初戦の相手である南アフリカから陽性者が出た。チーム内で多くの濃厚接触者が認定され、直前まで試合の実現が危ぶまれた。予定通りの実施が決まったのは試合開始のわずか2時間前だ。

 史上初の1年延期を決定した際に安倍晋三前首相が掲げ、菅義偉首相も引き継いだ「完全な形での開催」は今や見る影もない。混(こん)沌(とん)の中での開幕である。

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 開会式の前日も大混乱に陥った。式典の演出を統括する小林賢太郎氏が組織委に解任されたのである。

 お笑い芸人だった頃にユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を揶(や)揄(ゆ)したコントを発表していたことが判明し、米ユダヤ系団体が非難声明を出した。

 3日前には式典の楽曲制作担当の一人だったミュージシャンが過去のいじめ告白で批判を浴び辞任したばかりだ。

 五輪が掲げる「平和」や「人権」、東京五輪・パラリンピックのビジョンである「多様性と調和」が、発信する側に根付いていなかったことを世界に印象づけた。

 そもそも五輪の開催意義が見えなくなっている。招致段階の「復興五輪」の理念はかすんだ。「安心、安全な大会」と公約しながら、日本は選手たちが不安なく競技に臨める環境をつくり上げることができなかった。このような状況で開幕を迎えざるを得ない現実に対する責任は限りなく重い。

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 4度目の緊急事態宣言期間中の東京で、22日の新規感染者数は2千人近くに迫り、感染状況が深刻化している。首都圏3県でも増加が著しい。

 世論調査では五輪開催による感染再拡大に不安を感じている人が87%もいる。終わりの見えない自粛生活を求められる中で開かれる五輪は、団結どころか社会に分断を生んでいる。

 五輪開催中に国内の感染が悪化し、競技にも大きく影響するような事態になれば菅首相は責任を取らなければならない。