沖縄戦中、戦後を通じ、数奇な運命をたどった鐘が沖縄県沖縄市池原にある。1907年、ハワイに移民した美里村(当時)の島袋盛善氏が、現地での成功の証しとふるさとへの恩返しにと、38年ごろ池原へ寄贈した。鉱物が貴重だった戦中、軍に奪われぬよう住民が隠そうとし、そのまま行方不明に。戦後は地元の農家が発見したが、池原公民館の倉庫でひっそり眠っていた。近年は島袋翁の功績や鐘の存在が区民に知られておらず、喜友名朝敬自治会長(61)が発案し、公民館ロビーで展示を始めた。喜友名さんは「歴史ある鐘の誇りを後世につなげられ、感無量」と感慨深げだ。

 鐘は高さ70センチ、直径35センチ、重さ70キロの釣り鐘。

 区の記録によると、戦況の悪化で日本軍が戦争に使う鉄が不足。民間からの強制徴収が始まった際、区の有志が「貴重な鐘を軍に奪われないように」と軍に秘密で、命懸けで具志川村(現うるま市)へ隠しに行った。ただ、途中で田んぼに落としてしまったという。...