銀髪の時代 「老い」を生きる

結婚50年、伴侶の顔忘れ… 「介護日記」つづる夫【銀髪の時代】

2017年1月19日 06:00

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】

認知症の妻芳江さん(右)を介護する弘さん。昨年12月26日、ツリーが飾られた自宅リビングにクリスマスの余韻が残っていた=糸満市(下地広也撮影)

 2016年1月1日 〈う茶とぅが「水」になっていた〉

 2月26日 〈朝から調子が悪い。「頭の中が変」…何か脳の中でおこっている感じがする。「頭がぐちゃぐちゃ」という〉

 8月17日 旧盆ウークイ〈線香、お酒のやり方ほとんどわからなくなった。去年は芳江がやったのに〉(一部原文のまま)

 糸満市の島袋弘さん(76)の自宅リビング。妻の芳江さん(74)が皮をむいたミカンの実をきれいに皿に並べ、フォークを添えて弘さんに渡した。

 食べたいと頼んだわけではない。弘さんは驚きつつ「ありがとう」と言葉を掛けた。笑顔で応え、トレーを持って台所へ戻る芳江さんを見送り、誇らしげに言った。「こういう気遣いがね、すごいんです」

 5年前、芳江さんはアルツハイマー型の認知症と診断され、要介護・要支援認定を受けずに自宅で暮らす。介護を続ける弘さんの黒いA5サイズの16年版手帳は、芳江さんの日々の様子や言動、弘さん自身の苦悩や喜びが細かな文字で埋められている。元日から、ほぼ毎日書いている「介護日記」だ。

 ことし結婚50年目を迎える。専業主婦として働き盛りの夫を支えてきた芳江さんは、きれい好きで、料理も家事も完璧にこなしながら一男二女を育て上げた。家族や来客への細かな気遣いは、発症した今も変わらない。踊りが大好きで、琉球舞踊はもう20年以上続けている。

 だが症状は次第に進み、これまでできたことが少しずつ、できなくなってきた。毎日仏壇に供えていた温かいお茶が水になっていたり、化粧品や洗剤の使い方が分からなくなったり。トイレに濡れた下着を忘れたときは、弘さんがそっと、洗濯機に入れる。

 調子のいい日があれば、悪い日もある。最近は、琉舞教室に週2回通っていることさえ忘れるようになった。弘さんと話しながら、突然「私は結婚してないし、子どももいない」と言い出すこともある。「結婚して、何年も一緒に暮らしている」と説明すると「何言っている、ユクシムヌイーして(うそをついて)」と芳江さん。

 「笑っちゃう。俺はいったい何もの?」。思わず日記に吐きだした。

 「ここは私の家」「(自分の家に)帰れ」と言われた日は「1泊だけ泊めて」とお願い。イライラしていた芳江さんに「出て行け!」と怒鳴られた日は、家を飛び出し、公園やスーパーに行って気を静めたり、車中で時間をつぶしたりして、芳江さんが落ち着くのを待つ。

 でも、悲しい日ばかりではない。子どもたちや3人の孫が集まれば、芳江さんは満面の笑みだ。皆が会いに来たことを後で忘れてしまっても、その場だけでも喜ぶ妻を見るとうれしい。

 9月15日 〈大綱引きの道づねーで、となりの赤ちゃんが親にだっこされてすわっていた。いつものようにほほえんでうれしそうに語り始めた。何とも言えない笑顔で。赤ちゃんや小さい子を見るといつもそうだ…〉

 妻との日々を記すことは、弘さんの心の支えにもなっている。「今となっては、自分自身の気晴らしにも役立っている」と笑う。

 9月1日 〈カラオケハウスに久しぶりに行った。3カ月ぶりか? 芳江は何の問題もなくすべて歌った。「どこが認知症」という気分!〉

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