【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】
昨年5月。約3年前から参加している認知症の家族会に出席していた糸満市の島袋弘さん(76)の携帯電話が鳴った。いつも利用している食材宅配サービスの従業員からだった。認知症の妻芳江さん(74)が、外を歩いているのを見掛けたという。これまで妻が一人で出掛けることはほとんどなかった。慌てて会を中座し帰ろうとした時、芳江さんの知人や近所の人からも連絡が来た。「奥さんが出掛けたけど、大丈夫?」
胸騒ぎがした。「とうとう徘徊(はいかい)が始まったのか」「もし警察の世話になるようなことになったら」。自宅まで車を飛ばしながら、家族会のメンバーから聞いていたいろいろな話が脳裏をかすめた。
自宅に着くと、芳江さんはリビングでテレビを見ていた。何事もなかったように「お帰りなさい」と言う芳江さんを見て全身の力が抜けた。「散歩にでも行ってたの?」と聞いたが、自分が外出したことをよく覚えていない。それ以上聞かなかった。
その5カ月後に再び起きたことを、弘さんは介護日記に書き留めた。
2016年10月20日
〈家族会から帰宅したら、芳江が外出しようとしていた。(中略)少しでも遅れて帰っていたらどこへ行っていたか。 怖い〉
今後、芳江さんが一人で出歩かない保証はない。弘さんは「いつか、自分の家も分からなくなってしまったら、妻を一人で家に置けない。買い物に出るのも難しくなる」と表情を曇らせる。だが一方で、芳江さんの状況を知る人からの連絡には「本当に助かった。周囲の理解がすごく大切だと思う」と力を込める。
最大の不安は、自分も認知症になって妻を支えられなくなること。自立して家庭を持つ子供たちに迷惑はかけたくない。先を思えば、いつかは芳江さんを施設に入れることも考えた。だが、気は進まない。
10年ほど前に他界した芳江さんの母が特別養護老人ホームに入所していた頃、嚥下(えんげ)障害がある母が鼻からチューブを通すのを嫌がったため「手足を縛る」と言われたことがある。「妻が同じことをされると思うと、とてもじゃないが耐えられない。なるべく最後まで自宅で介護したい」と強く思う。
小さな楽しみは、ことし5月、次女に第1子が誕生すること。弘さん、大の子供好きな芳江さんにとって約16年ぶりの孫だ。「新しい家族ができて、何か変わればいいな」。弘さんはかすかな希望を胸に抱いている。=文中仮名(「銀髪の時代」取材班・新垣卓也)=この項おわり。次回は7日から掲載
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