【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】
一昨年の夏。豊見城市の玉城義嗣さん(88)が深夜、自宅で40度を超える高熱を出して救急搬送された。
「一体、今度は何が起きたの?」
付き添った妻千代さん(84)は、夫の相次ぐ異変に困惑した。認知症の症状が悪化しつつあった義嗣さんに夜中起こされたり、かみ合わない会話に神経をすり減らし、心身ともにかなり疲れ切っていた時期だった。
義嗣さんの高熱は胆管炎によるもので、幸い夜が明けるころには容体も落ち着いた。入院手続きして、駆け付けた娘と付き添いを代わろうと立ち上がろうとした瞬間。千代さんの胸に激痛が走り、視界がどんどん狭まっていった。
急性心筋梗塞だった。同じ病院に約1カ月、夫婦そろって入院となった。ストレスや疲労の蓄積が引き金になることもある、死因上位に位置する病。病院で倒れたのが不幸中の幸いだった。
夫婦別室となり、千代さんはベッドの上で一人、思いを巡らせた。「もし家で倒れていたら」「私が先に逝って、あのひと一人残したらかわいそう」「子どもに迷惑も掛けられない」
千代さんは「今までの自分を見つめ直す機会になった」と振り返る。夫の言動を正面から受け止め、いつの間にか自分の心身まで削ってきたことを猛省した。
「あれから、介護は『いいかげん』にすると決めたの。それは中途半端ってことではなく、『良い加減』という意味よ」
それ以来、少しは精神的な余裕ができたと思う。
「千代は反抗ばかりして困るんだ」。千代さんを誰かと混同して、話し掛けてくる義嗣さんに「だったら千代と別れて、私と結婚したら?」と冗談でかわすこともできるようになった。
気持ちの持ち方を意識するようになったら、義嗣さんへの対応の仕方も変わってきた。ある時期から義嗣さんは「デイサービス」に通うことを職場で仕事していることと思い込み、「給料が出ない」と愚痴を言い始めた。そんな時は彼の預金口座に年金の一部を移し替えて、その通帳を見せて安心させる。夫のほっとしたような笑顔に、心が少し軽くなるという。
だが88歳の義嗣さんを支える千代さんも84歳。年齢の割には元気でも、心筋梗塞で倒れてからは定期的に通院し、薬が欠かせなくなった。「私たちにはもう、それほど時間がない。一日一日を大事に生きたい」。そう決心した昨年から、自らも介護施設で体を動かす機能訓練に通い始めた。=文中仮名(「銀髪の時代」取材班・島袋晋作)