銀髪の時代 「老い」を生きる

薄れゆく記憶の一方で… 自慢の三線、体は忘れず【銀髪の時代】

2017年1月25日 07:00

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】

玉城義嗣さんが奏でる唐船ドーイの軽快なリズムに、施設の利用者らはカチャーシーを踊ったりして盛り上がった=豊見城市高嶺

 冷たい北風が吹きつけた昨年暮れ。豊見城市内の高齢者らが利用する市高嶺の小規模多機能型居宅介護事業所「花日和」は、恒例の「歌三線タイム」で盛り上がっていた。

 参加者に歌詞カードが配られた後、男性スタッフと玉城義嗣さん(88)が三線を奏でる。認知症で週4回、自宅から通っている義嗣さんは県内新聞社のコンクールで入選するほどの腕前。三線を手に、スタッフとともに歌をリードする。

 定番の「かぎやで風」「上り口説」などを歌い、体が温まったところでスタッフが尋ねた。

 「義嗣さん、きょうは何が歌いたい?」

 「三村踊りはどうかな」

 レパートリーの中で唯一「豊見城」が歌詞に登場する歌だ。声は小さくかすれ気味だが、よどみはない。休む間もなく「揚作田節」「白浜節」と続き、最後はお決まりの「唐船ドーイ」。いつの間にか他の利用者は持っていた歌詞カードをテーブルに置き、カチャーシーを踊っていた。

 演奏後、スタッフが声を弾ませ言った。「白浜節は音を三つ下げるんです。次の唐船ドーイを歌うには調弦しなければならないんですよ。義嗣さん、すごい」

 義嗣さんと自宅で毎日を過ごす妻千代さん(84)は不思議そうに首をかしげる。「私のことも時々分からなくなっているのに。体が覚えているものなのかねぇ」

 試しに聞いてみた。

 「父ちゃん、私のこと分かるねー。私、誰ねー」

 耳元で千代さんが大きな声で尋ねると、きょとんとした顔で千代さんの見つめた後、困ったように苦笑い。だがすぐに何かを思い出したように目を大きく開き「三線は那覇に住んでいたころに始めたんだ」「有名な先生のところで習ってね」などと語りだした。

 混乱し、絡まる記憶の糸をたどりながら、自慢の三線のことを思い出してうれしそうに語る義嗣さんを見ながら、千代さんは以前、若くして夫を亡くした知人に「夫がいるだけで幸せだ」と言われたことを思い出すという。

 義嗣さんを支えるのに苦悩していた当時、とっさに心の中で「あなたは夫が輝いていた時しか知らないでしょう」と反発した。だが今、生き生きと歌う義嗣さんの姿に「そうなのかな」と考えるようになった。

 先日、介護施設で義嗣さんが照れくさそうに話していたという言葉に、胸が熱くなった。

 「千代はおおざっぱだけど心が広くてね。僕にぴったりだと思ったんだ」=文中仮名 (「銀髪の時代」取材班・島袋晋作)=この項おわり

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