安倍政権の支持率が5割以上に戻ったという。極端な金融緩和とマイナス金利による金融秩序の破壊、改憲なき集団的自衛権容認による法秩序の破壊、都知事選での推薦候補大敗と自民党都連の旧態依然の体質の露見、沖縄での暴力的ゴリ押し、等々はダメージになっていないらしい。
首相の、批判に対しむきになる姿勢も気になる。「オマエだってやっただろう」とか「文句を言うなら対案を出せ」とか感情的で、問いに対し論理的に返さないので議論が成り立たない。それでも支持率がむしろ上昇するというのは、つまりそのようなスタイルが受けているのだろう。
敵味方の峻別(しゅんべつ)が首相の特徴だ。「こちら側」と「あちら側」を分け、旧来型の理屈を唱える輩や野党を「あちら側」として叩(たた)く。「大人げない」と感じる人は多いと思うのだが、喜ぶ面々の方がさらに多いということだ。
彼らは自分よりも「あちら側」が先に切られるべきこと、自分は切られる側にはいないことを、攻撃に喝采しながら確認し安心しているようにも見える。
だが最近流行の、外国をあちら側、日本をこちら側とする二分法には注意したい。日本という抽象的な共同体に属することで安心したい向きは、日本そのものの多様性や、その中での差別などに目をつぶる傾向があるからだ。
ネットには「尖閣諸島の防衛を邪魔する沖縄県民は反日だ」という論調まであるらしい。だがそもそも尖閣諸島は琉球王国の領土で、琉球処分で日本に帰属したのだ。
民進党蓮舫代表の二重国籍問題にしても、そもそも蓮舫氏の祖母(台湾人)は、戦前は日本国籍だった。このような経緯を勉強せず、今の「日本」が昔から確固として存在すると信じるのは笑止である。
その「日本」の範囲がどうなるか分からないのが北方領土だ。ロシアのプーチン大統領と友好関係を築いた首相は、返還交渉に取り組むだろう。成功すればいいが、その場合に島在住のロシア人はどうなるのか。かつてソ連は日本人住民を追い出したが、現代ではそれは許されない。彼らを新たな「在日」として「こちら側」に迎え入れる覚悟が、「反日」などと叫ぶ連中にはあるか。
懸念はもう一つある。ロシア相手に、足して2で割らねば妥結はないだろう。「四島一括返還」(日本の主張)と「歯舞・色丹の二島返還」(日ソ共同宣言)を折衷すれば、択捉は還って来ないが国後は還ってくる。
ところが「四島」対「一切返還せず」(ロシア国民一般の意見)の折衷だと、2島しか還って来ない。ある識者は「2島とゼロの折衷で歯舞だけ、もありえる」と言っていた。
先般訪れた知床半島の羅臼町で、目前の国後島を眺めながら(その北の択捉島は見えない)、「少なくとも国後の返還なくしては、道東の関係者は納得できないだろう」と感じた。
だが首相は苦渋の選択で、2島以下で決着を急ぐかもしれない。それでも支持者たちは「安倍外交の勝利」と喝采するのだろうか。抽象的な共同体「日本」に高揚する余り、沖縄や道東といった末端のリアルを認識できずに。外れれば嬉(うれ)しい予言として、この機会に書いておく。(日本総研主席研究員、地域エコノミスト)
(2016年10月3日付沖縄タイムス総合面から転載)
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