沖縄戦に看護動員されたひめゆり学徒隊の一人で、糸満市のひめゆり平和祈念資料館の館長も務めた宮良ルリ(みやら・るり)さんが12日午前4時6分、老衰のため那覇市内の病院で死去した。94歳。石垣市出身。自宅は那覇市松川。告別式は15日に家族葬で執り行なわれた。喪主は次男光昭(みつあき)さん。

宮良ルリさん=2010年

 小学校時代に本を読み聞かせした女性教師に憧れ、石垣島から本島の沖縄師範学校女子部に進学。18歳だった本科1年在学中に沖縄戦に巻き込まれ、南風原陸軍病院で看護業務に当たった。現在のひめゆりの塔(糸満市)にあった伊原第三外科壕に隠れていた際、米軍の攻撃を受け多くの死傷者が出た中、奇跡的に助かった。戦後は故郷の石垣島で教職に就き、生徒に沖縄戦の体験を伝えた。

 1989年に開館したひめゆり平和祈念資料館建設時には、期成会資料委員会の副委員長。開館後は証言員として館内で活動したほか、県内外の講演に出掛けるなど精力的に自らの戦争体験を伝えた。2010~11年には、資料館の6代目館長も務めたが、体調を崩し13年3月に証言員を退いていた。

 夫は沖縄国際海洋博覧会沖縄館初代館長の故・宮良徹二氏、息子は元琉球新報社専務取締役の故・宮良健典氏。