緊迫の度を増していたアフガニスタンで、恐れていた事態が現実のものとなった。

 反政府武装勢力タリバンが首都カブールを制圧したのである。徹底抗戦の構えを見せていたガニ大統領は国外に脱出し政権は瓦(が)解(かい)した。

 2001年の米中枢同時テロ後の米英軍による攻撃で旧タリバン政権が崩壊して以来約20年ぶりの復権である。

 バイデン米政権は今月末までに駐留米軍の撤退を完了させる方針を示し、作業が進んでいた。その中で生じた力の空白をタリバンが突いて猛攻をかけた。許されない暴挙だ。

 首都では国軍の抵抗はほとんどなかったというが、地方では激しい戦闘が相次ぎ民間人の死傷者も少なくない。首都に避難してきた人々も大勢いるという。国際社会はまず、食料や医療品などの人道支援を急いでほしい。

 米軍へ協力したアフガン人を含め現地に残された人たちの退避も迅速に行うべきだ。

 国連安全保障理事会は緊急会合を開き対応を協議する。武力による政権掌握は認められないとの認識を一致させ、和平の再構築をタリバン側へ働き掛けてもらいたい。反タリバンの住民に危害が及ばないように強く求めてほしい。

 最も危惧されるのは、地域がこのまま不安定化し再び国際テロ組織の温床となることだ。旧政権時代には女性の権利を抑圧する恐怖政治もあり、既に不安の声が上がる。

 国際社会は、アフガンの一般市民の安全を確保するためにも連携する必要がある。

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 米中枢同時テロの後、旧タリバン政権が崩壊したのは、首謀者の国際テロ組織アルカイダ指導者ビンラディン容疑者の引き渡しを拒み、米軍などの攻撃を受けたためだ。

 米軍はその後駐留を続け、アフガンに民主主義を根付かせようとした。一方、タリバンも米国が後ろ盾となった政権の打倒を掲げ勢力を盛り返してきた。

 米国はこれまでに1兆ドル(約110兆円)もの戦費を投じ、米兵の死者は2千人を超える。多大な犠牲を払いながら結局はタリバンの復権を許した。見通しの甘さは否めず米国の責任は重い。

 沖縄も無関係ではない。嘉手納基地や普天間飛行場など在沖米軍基地からは、アフガニスタンやイラクなどへの派兵が恒常化した。

 県内で米軍機の事故やトラブルが多いのは、戦地で軍用機が消耗されたことが一因との指摘もある。

 来月で9・11から20年になる。この20年は何だったのかを改めて国際社会に突き付けている。

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 アフガンとの関わりで思い出されるのは、現地で長年、人道支援に取り組んだNGO「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さんだ。医療分野だけでなく用水路建設などにも取り組んだ。

 武装集団の銃撃で亡くなったが、現地で信頼が厚かった中村さんは「軍事活動では何も解決しない」と武力によらない平和を訴えていた。

 常に住民の側に立った貢献はアフガンで高く評価されている。日本の資産として今後に生かしていくべきだ。