伊良部島出身で、昨年まで市立尼崎高校で音楽教師を務めた羽地靖隆さん(73)は約40年、高校球児の「聖地」甲子園のアルプススタンドで沖縄の代表校の応援演奏を続けている。今年の県代表、沖縄尚学が16日の初戦で阿南光(徳島)を8-0で退けた試合でも、同高吹奏楽部を率いてタクトを振り、球児を鼓舞した。春夏通じ県勢の甲子園100勝となった節目の勝利を喜んだ羽地さんは「これまで50勝以上は応援してきた。気付けば長いこと続けてきたな」と感慨深げだ。(運動部・比嘉大熙)

市立尼崎高校の吹奏楽部を指導する羽地靖隆さん=19日、兵庫県尼崎市、市立尼崎高校

 中学2年のとき、それまで暮らした伊良部島から兵庫に移住。成人し、尼崎市の中学校で音楽教師をしていた1981年夏、兵庫の沖縄県人会から、沖縄代表・興南高校の応援演奏をしてほしいと頼まれた。それから40年。沖縄水産の2年連続準優勝や沖尚の2度の選抜優勝、興南の春夏連覇など、沖縄高校野球の歴史に残る試合を盛り上げ、球児の活躍を見守ってきた。

 昨年大会は新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。無観客開催となった今大会は、メンバーを50人に制限した上でブラスバンド演奏も認められた。甲子園に戻った羽地さんの指揮の下、16日の沖尚の初戦も尼崎高吹奏楽部が演奏を響かせ、選手らを激励した。

 沖尚の好機には、おなじみのテーマ「ハイサイおじさん」も披露。テレビで観戦している野球ファンにも甲子園らしさを感じてもらえるこの曲に、羽地さんも「たくさんヒットを打ってくれたので、何度も演奏できたよ」と喜ぶ。

 ハイサイおじさんは90年夏、沖水が県勢初の決勝進出を決めた時から演奏を始めたが、一時は演奏中止となり、羽地さんは「仕方なくヒヤミカチ節に変えた」と明かす。だが「やっぱり『ハイサイおじさん』が聞きたい」との声が多く、2010年夏の準決勝、興南対報徳学園の試合から復活させた。

 すると、興南は5点差をひっくり返して逆転勝ち。決勝でも東海大相模を破り、沖縄に深紅の優勝旗をもたらした。「この曲は何か持っているなと実感した」と羽地さん。今では他県代表校の試合でも演奏される、定番の応援歌となった。

 羽地さんは13年前に尼崎高を定年退職。その後今年3月まで音楽の非常勤講師を続け、4月からボランティアで同校吹奏楽部を指導する。甲子園での友情応援も40年が過ぎ「足も痛いし年だからね。いつまで続けられるか」と言いつつ「毎年、代表校にお願いされてきた使命感がある」。今後も聖地で沖縄の高校球児を応援し続けるつもりだ。