銀髪の時代 「老い」を生きる

夫との同居、厳しい現実 家を離れて年金暮らし【銀髪の時代】

2017年1月31日 07:00

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】

施設で暮らす夫にプレゼントしようと購入した108円の腕時計。取り巻く環境は変わっても、変わらぬ絆が夫婦を支える=那覇市

 右手に夫の愛用していたつえ、左手にはトートバッグを二つ持ち、身長140センチ、体重33キロの体でバランスを取りながら歩を踏みしめる。

 金城正次郎さん(84)の入所する介護老人保健施設まで片道22分。那覇市の高台にある自宅から、妻の葉子さん(80)は勾配の大きい石段をカニ歩きで下り、つえを溝に挟まないよう慎重に歩道のない車道を歩く。

 背後にほんの少しでも物音がしようものなら、いったん立ち止まり振り返る。「バイクが飛び出してきそうで怖いの」。昨年11月、交通事故に遭った。横断歩道手前でバイクと接触して左足をけがし、約1カ月入院した。

 それからは、施設に朝夕通っていたのを1回に減らさざるを得なくなった。自宅にいると思い込み、夜に自身の名を呼ぶ夫を思えば胸が痛い。だが、それでも往復45分の道のり。足に血栓がたまって腫れ上がった。別々に住む働き盛りの息子(42)や娘(40)を毎日呼び出すわけにもいかない。13年通い続けた書道教室も泣く泣く辞めた。

 第1回から25回連続でNAHAマラソンを完走した自慢の健脚。バスを活用し、運転免許がなくても交通に不便を感じたことはなかった。だが、それが事故で一変する。ほぼ毎日買い物に行く最寄りのスーパーにも、タクシーで往復1100円だ。これまでにない出費が、年金暮らしの身に重くのしかかってきた。

 夫の施設にも、月に11万円弱の費用がかかる。さらに医療費も加えれば夫の年金の大半が消える。

 残った月9万2千円の自身の年金では生活もぎりぎり。施設費用からせめて数百円の「洗濯代」だけでも節約しようと、夫の洗濯物を持ち帰る。

 特段、ぜいたくはしてこなかった。正次郎さんは市役所職員、葉子さんは銀行員などで定年退職まで勤め、借金してまで本土復帰後に復帰前の年金も追納した。にもかかわらず、昨年8月の正次郎さんの施設入所と、その3カ月後の葉子さんの交通事故で、とたんに生活は苦しくなった。

 税金を払うのも厳しく、別居する娘の扶養に入ろうか考える。元銀行員らしくきちょうめんに書き込んだ家計簿とにらめっこするのが葉子さんの最近の日課になった。

 大工の父を持つ夫がこだわって造った築40年の軌跡が刻み込まれた壁や柱には、所狭しと家族写真が並ぶ。記憶の糸が絡まる夫に「過去を忘れないで」との思いを込めたものだ。

 かなうことなら、再び自宅で夫と過ごしたい。だが、回復傾向とはいえ事故の影響が残る足で「要介護5」の夫を在宅介護できるか不安もある。そろばんを片手に、夫婦同室で入所できる施設も探し始めた。「正次郎さんと思う存分、ユンタクしたい。そうすれば彼の回復も早くなる」。葉子さんの思いは募る。

 “前兆”も含めれば、認知症に向き合って20年。傘寿を超え、夫婦は新たな岐路に立っている。=文中仮名

(「銀髪の時代」取材班・篠原知恵)=この項おわり。

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