沖縄ステーキ史(3)

 1952年の越来村(現沖縄市)八重島。米兵相手のバーやクラブが軒を連ねる特飲街に、ピザハウスの前身となる「リンダズダイナー」が誕生した。周囲にレストランが少なかったため、店はすぐに繁盛する。

■睡眠3~4時間

 トタン屋根の店内では、まき釜でステーキやタコス、ピザも焼いていた。燃えさかる炎で、調理場は汗が噴き出す暑さ。すすをかぶりながら、次から次へとやってくる注文をさばいていった。

 創業者の故・伊田耕三氏の妻照子さん(92)=宜野湾市=は「戦後の物のない時代。忙しい中でも工夫しながら、メニューを増やしていった」と懐かしむ。

 麺棒がなかったため、細長いコップでタコスの皮を伸ばし、店外にある公衆の水道から一斗缶で水をくみ、店に運んだ。

 伊田氏は毎朝5時に起き、那覇までバスに乗って食材を仕入れる。...