沖縄ステーキ史(4)

 県内の老舗飲食店に誇らしげに飾られている「Aサイン」。米軍が、米兵を相手にした営業を認めた許可証で、厳しい衛生管理基準を満たした店舗にのみ発行された。

■厳しいチェック

 1953年に米兵への感染症予防のため飲食店を対象に始まり、バーやクラブなどに広がった。59年に一時停止されるが、63年により厳しい新制度が適用される。

 検査項目は100以上あったとされ、食器の煮沸消毒、網戸の設置、調理人の服装といった調理場周りから、外灯や水洗トイレの整備まで求められた。許可を受けても、米軍の衛生官が抜き打ちで店舗を訪れ、隅々までチェック。基準を満たしていなければ、その場で許可を取り消されることもあったという。

 ピザハウスを創業した故・伊田耕三氏の妻の照子さん(92)は「衛生官はテーブルの裏まで指でなぞり、ほこりがないか細かく調べていた」と振り返る。

■Aサイン店の矜持

 ジャッキーステーキハウスの藤浪睦子会長(73)は、衛生官の車を事前に見つけて、褒められた幼い頃の思い出がある。「衛生官がやって来ると、従業員は息をのんで見守っていた。子どもながらに緊張感が伝わった」という。

 「うちの店は8番だったよ」。沖縄市でニューヨークレストランを営んでいた徳富清次氏(76)は得意そうに笑う。...