食に詳しい平川さんに聞く

 1950年の発祥から、70年以上も続く沖縄ステーキ。ステーキ店の人口当たりの割合が全国トップとなるなど、米国の食文化が定着している。獣医師と調理師の資格を持ち、ステーキに関する書籍もある平川宗隆さん(76)=那覇市=に背景を聞いた。

沖縄ステーキについて語る平川宗隆さん=那覇市内

 -沖縄にステーキが根付く背景は。

 「元々ウチナーンチュは肉好き。牛や豚、ヤギ、アヒルなどを食べる習慣がある。ただ、戦後まで動物性タンパク質はとても貴重な資源。大きな鍋で肉だけでなく、内臓や野菜も加え、汁物として量を増やして、みんなで食べた。親戚や地域住民と共に食べ、絆を強める機会になっていた。食材をそのまま焼いて食べるステーキは、とてもぜいたくな食べ方と言える」

 「基地内のレストランで修業を積んだウチナーンチュの功績も大きい。ステーキやハンバーガーなどの調理法を学び、地元で店を開くことで、米国の食文化が身近になっていった。南城市のチャーリーレストラン、沖縄市のハイウエイドライブイン、ジミーやピザハウスがそうだ」

 -ステーキは、観光客にも人気がある。

 「私がステーキを初めて食べたのは高校を卒業したばかりの頃、知り合いに連れて行ってもらった基地内のレストラン。世の中にこれほどおいしい物があるのかと感動した。当時は高級品でなかなか手が出なかった。長い歴史を経て、鉄板焼きや千円ステーキなど選択肢が増えたのは良いこと。沖縄に根付いているからこそ、観光客にも受け入れられている。もはや観光資源と言える。県外に出店する動きも出てきた。産業として大いに発展してほしい」

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 ひらかわ・むねたか 1945年生まれ。コザ高校から日本獣医畜産大に進んで獣医師となり、69年に当時の琉球政府厚生局に入庁。県動物愛護センター所長、県中央食肉衛生検査所長などを歴任し2006年に退職。元県獣医師会会長。旅食人(がちまい・たびんちゅ)として世界各地の料理や畜産の研究多数。

<連載・沖縄ステーキ史 since1950>