[想い風]

 米軍がアフガニスタンを攻撃した20年前、私には「ノー」と言う勇気がなかった。なぜあの時、他の選択肢を勧めることができなかったのか。

 うだるように暑い土曜の昼下がり、リンカーン記念堂前に「ノーという勇気を」の手書きのメッセージを持って立っていた女性に話を聞いた。

 軍隊に入隊したいと相談してきた教え子がアフガニスタンで命を落とし、「戦争」が初めて自分の現実となった。毎年8月になるとワシントンを訪れ、命を犠牲にせずに国を守る方法を考えようと自分の経験を伝えているという。

 太陽の厳しい日差しが続くワシントンでは、アフガン撤退を巡る議論が尽きない。その傍らで、戦争以外の道はなかったのかを自問する市民もいる。

 心地よい風が吹く日曜の朝、ホワイトハウス前で「憎しみは米国を偉大にしない」との手書きのメッセージを持って立っている男性がいた。

 「私たちがベトナムから帰ってきた時、二度と泥沼の戦争を繰り返すまいと人々は誓ったが、豊かさを追い求める生活の中で忘れていった」と話す。

 変化は、米軍内部でも起きているようだ。カブールの空港近くで米兵13人が犠牲になった夜、ある海兵隊中佐はソーシャルメディアに米軍幹部らを批判する映像を投稿し、賛否両論を巻き起こした。

 責任を問われる立場にいた元米軍幹部は、非難の矛先を政治に向ける。

 「タリバンじゃない。我々は自分自身に負けたんだ」。元陸軍中将でトランプ前政権の大統領補佐官を務めたマクマスター氏は...