銀髪の時代 「老い」を生きる

母の様子が気がかりに 介護の苦悩、仕事に影響【銀髪の時代】

2017年2月3日 17:00

【連載・銀髪の時代 「老い」を生きる】

認知症の母明美さんを介護する政司さん。弁当やパンなどの食材、日用品は政司さんが買い届けている=那覇市

 寒風が吹き付けた20日夕。スーパーで買い物を終えた那覇市の大城政司さん(56)は、総菜や飲み物などが入った大きめのレジ袋を手に提げ、認知症の母明美さん(76)が一人で暮らす市営住宅の一室に向かって足早に歩いていた。

 ホテルでの夜勤は午前0時~8時。仕事を終えたその足で、または出勤前の夕方に、明美さんの食事や日用品を買い届けると、1人暮らしの部屋に帰る。

 明美さんに異変があったのは、3年ほど前。「仕事いちゅんなー?(仕事行くの?)」と聞かれ「仕事だよ」と返した数分後に、また同じことを尋ねられた。

 市営住宅の近くに住む親戚にも「スーパーで会ったけど、お母さん、同じ事しゃべるね」と言われたが、当時は明美さんは一人で買い物も料理もでき、日常生活に不自由はなかった。政司さんは「病院に行く緊急性も感じなかったし、年のせいかと思う部分もあった」と振り返る。

 同様の症状は今も続き、1年ほど前からは、幻覚を見るようにもなった。誰もいない玄関やベランダに向かって「何しに来たか!」「出て行きなさい!」と声を荒らげることもあった。見かねた政司さんが明美さんを病院に連れて行き、約半年前、軽度の認知症と診断された。先の介護生活に不安もあったが「どうにか乗り越えられるだろう」と覚悟を決めた。

 明美さんが寝静まる時間帯に、政司さんの仕事は始まる。しかし、勤務時間中に明美さんがどうしているか、気になって仕方ない。職場の同僚には母の病状を伝えてはいるものの、仕事中に母に何かがあったらと考えると、居ても立ってもいられなくなる。

 明美さんが認知症の診断を受けた頃、市営住宅の同じ棟に住む知人から、こんな話を聞いた。

 夜10時ごろ、明美さんが「風邪薬ちょうだい」と訪ねてきたという。夜出歩くことはめったになかった。

 別の知人からは「お金を借りに訪ねてきた」と聞かされた。まさに寝耳に水。貸してくれたことに感謝し、お金はすぐに返したものの、驚きは大きかった。

 「自分がいないときに、誰かに迷惑をかけていないか」「朝、9時すぎに迎えに来るデイケアに行くための準備はできているか」-。常に不安が付きまとい、精神的負担は重さを増した。

 3カ月前、週5~6日だった出勤日数を3日に減らした。給料は、手取りで5万~6万円ほど減った。友人からの飲み会の誘いは「仕事だから」と理由を付け、極力断っている。

 だが経済的にも、自分がいつまで母をみられるか分からない。「母を施設に入れれば、もう少し安心して働ける」とも考えたが、嫌がるのは目に見えている。

 「無理強いはできない」と思う一方で、自分の将来のための貯金もしたい。「今はギリギリの生活。常勤に戻れればと思う」と伏し目がちにつぶやいた。=文中仮名(「銀髪の時代」取材班・新垣卓也)

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