舞鶴引揚記念館の舞鶴市内における教育普及活動の結果、子どもたち自身が戦争の史実を伝える取り組みを始めるようになった。これまでの平和教育は、戦時体験者の体験談を聞くことと併せて、資料館を見学したり、映画やアニメを見て感想を書くといった受動的な学習が中心だったと思う。インターネットの登場と発達によって、より多くの情報を得ることが可能となった現在、学びの在り方も能動的なものが求められるようになっていると感じる。

 シベリア抑留や引き揚げの講話をする中でも、実物資料に触れる機会を設けたり、質問時間を設けるなど、参加型学習を心掛けているほか、「考える学習」につながるよう工夫している。「なんでそうなったのか」「(課題解決のために)違う方法がなかったのか」。そうした疑問を講話の最後に投げかけて、講話の感想を書くようにお願いしている。疑問を持つことで、より深くより客観的に史実をとらえてくれることを願っている。

 もうひとつ、心掛けていることは、過去の戦争に関連するあらゆる事象がすべての日本国民が体験してきたことであり、自身のルーツの中にも戦時体験者がおり、その体験を断片的でも伝え聞いている人が身近にいる。そうした人を通じて、過去の戦争と自分自身がリンクして、決して無関係な事象ではないことに気付いてくれるようにしている。祖先の戦時体験を通じて戦争の記憶が人ごとではないと気付いた時、戦争の記憶への関心が向くと考えている。

語り部育てる

 平和教育は同時に、戦争の記憶の継承でもある。「戦争の体験をどう継承するか」。これからもこの課題と向き合っていかなければならない。これまで伝承の手段として、ヒトを中心に置いてきた。そのヒトからモノへ伝承を託し、後世へ継承していけるのではないかと考えている。

 しかし、モノを通じた記録保存だけではうまく伝わらないことも課題の一つとしてある。モノの保存とあわせて、伝える人の育成も継承するうえで大切なポイントとなってくる。

 舞鶴引揚記念館ではボランティアガイド「舞鶴・引揚語りの会」が抑留と引き揚げの史実を伝える活動をおこなっている。「語りの会」は、抑留体験者の高齢化によって館内での体験談を語る活動が困難となり休止していた中で、2005年に発足した非体験者を中心(会員の中に数人体験者が在籍)とした団体である。

 17年、語りの会に地元舞鶴の中学生が新たなメンバーとして加わった。地域の歴史として引き揚げと抑留を学校で学んだ経験と、15年に舞鶴引揚記念館収蔵資料がユネスコ世界記憶遺産(世界の記憶)に登録されたことがきっかけとなり、語り部養成講座に自主的に参加したという。

 中学生たちが語り部活動を始めることになった二つのきっかけの背景には、かつて引揚港だった舞鶴市全体で引き揚げと抑留を学ぶ体制ができていたこともある。

未来の設計図

 戦争の記憶を後世に継承していくために重要となるのは、体験を語り継いでいくモノと人のコラボレーションだと考える。...