沖縄ステーキ史(9)

 「日本復帰以降は、観光客が増えて、ステーキ肉もどんどん売れた」。食肉卸のイバノの長岡司常務は1970年代後半から80年代までをこう振り返る。

 終戦から米軍の統治下に置かれ、輸入牛の関税が日本本土と比べて安かった沖縄。72年の日本復帰では、県内の産業と消費者保護を目的に「復帰特別措置」が適用され、低関税率は維持された。

■低関税率を維持

 復帰当時は、県外の75%に対し、沖縄は25%。長岡常務は「卸値で県外が1キロ当たり5千円だとしたら、県内は3千円くらい。2千円程度と大きな差があった」。

 復帰後から急増した観光客に「安くておいしい沖縄ステーキ」とのイメージが徐々に定着していく。それに伴い、得意先のステーキハウスへの納品量も増加。取引先も観光客が宿泊するホテルのレストランから料亭にまで広がっていった。取り扱う部位もテンダーロイン中心から、サーロイン、モモ、バラ、ミスジなど多様化していく。

 イバノは、ニュージーランドにオフィスを構え、中間業者を介さない直輸入でさらに低価格を実現した。78年には浦添市に直売店を開店。...