2001年9月11日、米国で前代未聞の同時多発テロ事件が起きた。あれから、きょうで20年になる。

 ハイジャックされた旅客機4機のうち2機は、乗員乗客を乗せたまま、ニューヨークの世界貿易センタービル北棟と南棟に突っ込んだ。

 110階建ての超高層ビルが、すさまじい炎と煙に包まれ、崩れ落ちていく。あの衝撃的な映像は、今も生々しく脳裏に焼き付いている。

 犠牲者約3千人。激しい怒りと恐怖心と報復感情が渦巻く中で、米国は、国を挙げて「テロとの戦い」に乗り出した。

 アフガニスタンのタリバン政権が国際テロ組織アルカイダのビンラディン容疑者をかくまっているとして、10月からアフガン空爆を開始した。

 03年には、大量破壊兵器を保持しているとの理由でイラク攻撃にも踏み切った。

 タリバン政権もイラクのフセイン政権も米軍に放逐されたが、民主化を図ることやテロの撲滅という占領目的は実現していない。

 米軍はアフガンから部隊を全面撤退させ、タリバンは政権に復帰した。

 イラクも泥沼の状態から抜け出せていない。

 米国にとって「史上最も長い戦争」は終わった。だが、テロ組織は世界に拡散し、米国では帰還兵の自殺が相次いでいる。トラウマを抱え、苦しむ帰還兵が少なくない。

 国内の分断も深刻だ。

 今から思えば、「9・11」はアメリカの衰退と世界の多極化の始まりを象徴する出来事だった。

■    ■

 日本政府はアフガン戦争で、米国の「テロとの戦い」を支援するためテロ対策特別措置法を成立させ、インド洋での給油支援活動に踏み切った。

 イラク戦争では、真っ先に米国支持を打ち出し、イラク復興支援特別措置法を成立させ、人道復興支援のため自衛隊をサマワに駐留させた。自衛隊宿営地にロケット弾が打ち込まれるような「危険地帯」だった。

 開戦理由とされた大量破壊兵器は見つからず、正当性に大きな疑問符がついた。

 英国は事後検証を行い、反省点を明らかにしたが、日本政府は米国を支持する以外の選択肢はなかったと、米国追従の姿勢を変えていない。

 そして、今。バイデン米政権は「テロとの戦い」から中国への対処に戦略の重心を移していく方針だという。

 日本政府もまた米国に付き従って、対中戦略に重心を移そうとしている。

■    ■

 米ソ冷戦が終わっても、沖縄に平和の配当はなく、冷戦後に起きた湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争のいずれの戦争にも、沖縄の基地は深く関わった。

 同時多発テロの時は、急激な観光の落ち込みを経験した。イラク戦争には海兵隊が沖縄から投入された。

 米中対立がエスカレートすれば、沖縄はますます重い負担を背負うことになる。この構図をなんとしても変えなければならない。

 地域における緊張を和らげるための取り組みが必要だ。