沖縄ステーキ史(11)

 「創業からステーキは300グラムで出していたんだけどね。沖縄の人は多いと言って2人で半分にして、ライスとスープを追加で頼むわけさ。だから1人前200グラムに減らしたよ」。沖縄市でニューヨークレストランを営んでいた徳富清次さん(76)は笑顔で話した。

■伸びる外食費

 1980年代に入り、景気が上向いてくると、県民にもステーキが身近になってきた。家計調査にある県内の1世帯当たり1カ月支出は、日本復帰翌年の73年の8万9200円から80年には16万8183円と1・9倍に増加。そのうち外食費は2768円から6176円と2・2倍に伸びた。外食費は、その後も増え続け、87年には1万円に達する。

 コリアステーキハウスを創業した故永坂盛義さんの妻生子さん(77)は「私たちも豊かになったね」と感慨深げにステーキを食べる来店客の姿を覚えているという。「80年代に入ってから、米兵から日本人へとお客さんは様変わりした」と語った。

■まだ量が多い

 観光客が増えたこともあり、ステーキ店では、日本人向けのメニューも加えていく。徳富さんは、Aランチでは量が多いとの客からの指摘で、Aランチからエビフライを抜いてトンカツ、ハンバーグ、目玉焼きがメインのBランチを開発。まだ量が多いと注文され、...