[新型コロナ 沖縄の今]
身長29・3センチ、体重580グラム-。8月末、新型コロナウイルスに感染した女性(38)=那覇市=が妊娠24週で出産した命。「こんなに小さく産んでごめん」。スマートフォン越しにしか会えない、NICU(新生児集中治療室)で懸命に生きる息子に、胸のつぶれる思いで何度も謝った。妊娠中の感染は早産のリスクが高まる恐れがあるとされる。妊婦の新型コロナ感染が急増する県内で「同じ思いをするママが、一人でも減ってほしい」。そう願う女性が取材に応じた。(社会部・篠原知恵)
■おなかに感じた異変
突然、おなかに異変を感じたのは8月28日の午前10時すぎ。次第に張りが強くなり、定期的に締め付けるような痛みに襲われた。上の子の時の陣痛とそっくりだった。出産予定日は12月中旬。「早過ぎる」。不安がよぎった。痛みに耐えていたが午後3時ごろ破水。かかりつけ医に連絡し、すぐに琉球大学病院に搬送された。「この子、助からないかも」。救急車の中で涙が止まらなかった。
午後7時半、出産。泣き声はなかった。4時間後の深夜、小さな体に細い管をいくつも通された息子と、スマホ越しに初対面した。「あまりの小ささに衝撃が大き過ぎて直視できなかった。悔しくて、申し訳なくて、言葉にならなかった」
夫が発熱したのは、県内で感染が急拡大していた13日夜のことだ。高熱だったため、複数の救急病院に電話すると「まず保健所を通してほしい」。保健所に問い合わせても「濃厚接触者でないなら、PCR検査の案内はすぐには難しい」と言われた。
夫の勤務先から、自費で抗原検査キットを買って確かめるよう指示された。2度試し、結果は陰性。夫は16日に最寄りの耳鼻科を受診し、咽頭炎の診断で抗生物質を処方された。それでも、熱は40度から下がらなかった。
■コロナ疑い隔離生活
女性は当初からコロナ感染を疑い、自宅ではできる限り夫と家族を隔離した。だが体調不良で食事もままならない夫は、数日で体重が6キロも減少。接種券が届かずワクチン未接種だった女性は不安を感じつつも、夫を放置できず「家庭内感染を防ごうと気を張り詰めながら、夫を看護せざるを得なかった」と振り返る。
最寄りの内科クリニックでやっと夫がPCR検査を受け、陽性の結果を得た頃には19日になっていた。
ただ、それでも夫は病院や宿泊療養施設には入れず「待機」扱いで自宅療養が続いた。23日には中学生の長男の陽性も判明。保健所から、陰性だった女性や他の子を含めて家族全員で2週間の自宅待機を指示された。濃厚接触者に当たるとして、通院先のクリニックには、妊婦定期健診を当面控えるよう言われた。
女性が破水したのは夫の発熱から約2週間後の28日。朝まで平熱だったが、破水時に体温は38度台に上がり、救急搬送時に陽性が分かった。医師は、新型コロナ感染で早産に至った可能性があるが「断言はできない」と女性に告げた。
妊娠24週で早産した女性は産後10日間、家族と会えず、病院のコロナ病棟で独り過ごした。わずか580グラムの超低出生体重児の息子は合併症のリスクを抱え、医師には「今後3カ月間は、何が起きるか分からない。一緒に、一日ずつ頑張ろう」と告げられた。
■産んだ実感薄く
息子は最近、1度に3ccの母乳を飲めるようになったと聞いた。だが精神的なストレスもあってか、女性は1度に1~2ccしか搾乳できない。息子を「産んだ」実感も薄く思えてつらく、小さなわが子の命を案じて不安に襲われた。病棟内で独り何度も号泣し、過呼吸を起こした。「精神状態はぼろぼろ」だ。
千葉県では、コロナに感染した妊娠29週の妊婦が自宅で出産したが搬送先が見つからず、新生児が亡くなる痛ましい事故があった。ほぼ同時期に自身の搬送をすぐに受け入れ、大人の手のひらほどの大きさしかない息子を救ってくれた病院側には、心から感謝している。それでも-。
「夫がもっと早くPCR検査を受けられて、自宅以外の隔離先が見つかっていれば。濃厚接触の妊婦でも定期健診を受け入れ、胎児の状態を確認してくれる場所があれば。コロナなんてなければ」。もしかしたら早産は防げたのでは、の思いは消えない。
だが「何より、家庭内感染を防ぐため私がもっと気を付けていたら」。堂々巡りの矛先は最後、いつも自分自身に向けられる。「息子に申し訳ないと自分を責め続けている。こんな思いをもう二度と、他のママにしてほしくはない」。女性は涙を流した。
■沖縄の産婦人科医が連携へ
夫が新型コロナ陽性だった女性は「濃厚接触者」として通院先のクリニックから妊婦定期健診を控えるよう言われた。最後の健診は8月3日。もともと切迫早産の傾向があったが、次の予定日だった18日に受診できないまま28日に早産した。「あと一歩遅れたら赤ちゃんは救えなかった。衝撃を受けた」。女性が緊急搬送された琉球大学病院周産母子センター教授の銘苅桂子医師は言う。
沖縄産婦人科学会・医会は、昨年の感染拡大初期から、感染妊婦とコロナ以外のハイリスク妊婦の情報を共有し病床確保に取り組んできた。だが今年8月の感染急増で病床は逼迫(ひっぱく)を極め、濃厚接触者となった妊婦の状況まで把握しきれていなかったという。
今回の女性の早産を受けて、県内ほぼ全ての産婦人科医は急きょ、合同オンライン会議を開催し、濃厚接触や感染で妊婦が診察を受けられない事態を防ぐための再発防止策を話し合った。現在の危機感を共有するとともに、総合病院から地域のクリニックまで、連携をさらに密にすることを確認。濃厚接触者であっても、産科の診察が必要な妊婦については今後、複数の協力病院で診察を受け入れていく方針などを協議した。
銘苅医師は「妊娠中の感染は早産リスクを抱えている。濃厚接触者となったなどでかかりつけのクリニックを受診できなくなっても、感染対策を講じた病院でしっかりバックアップする体制を整えたい」と話した。