沖縄ステーキ史(12)

 1990年代に入ると、沖縄ステーキは、入学祝いやテストのご褒美、結婚記念日などの節目での定番となり、県民の利用がさらに広がっていく。旅行商品にも組み込まれ、沖縄観光の魅力の一つとしても定着していった。

 日本復帰の72年に年間44万人だった観光客は、91年に300万人に達し、98年には400万人を突破。県民の来店も重なり、ステーキ店はにぎわっていた。

 一方、90年代後半にはデフレに苦しむ場面もあった。ステーキハウス四季の當山恵史社長(53)は「バブル後の不景気で客が減り、価格競争に陥った時期もあった」と振り返る。四季でもランチタイムに880円のステーキを提供したこともあった。ただ、「利益も少なく、安かろうのイメージまでつきかねない。早々とやめた」と話した。

■売り上げ激減

 そして迎えた2001年9月11日。「大打撃だった」(當山社長)という米中枢同時テロが起こる。米軍基地で即座に厳戒態勢が敷かれ、まず米兵の来店が途絶えた。基地を抱える沖縄は危険とされ、観光客も激減した。

 前年に3店舗目をオープンさせていたキャプテンズインでは、修学旅行などの団体客のキャンセルが相次ぐ。...