エフエム沖縄のラジオ番組「スクリーンへの招待」(毎週日曜午後8時~)が26日放送回で最終日を迎える。放送開始は1973年。安谷屋眞理子さん(72)をパーソナリティーに49年間、トークと音楽で映画ファンに愛されてきた。最終日を前に、番組と映画の思い出を安谷屋さんに振り返ってもらった。

思い出深いエフエム沖縄「3スタ」で番組の収録に臨む安谷屋眞理子さん=17日

極東放送入社当時、取材中の安谷屋眞理子さん(左)=1973年(いずれも提供)

思い出深いエフエム沖縄「3スタ」で番組の収録に臨む安谷屋眞理子さん=17日 極東放送入社当時、取材中の安谷屋眞理子さん(左)=1973年(いずれも提供)

 73年4月に同局の前身の極東放送でスタートした同番組。同年秋に入社した安谷屋さんは「何をやってみたいか」と聞かれ、当初先輩らが持ち回りで担当していた「スクリーンへの招待」を「一人でやってみたい」と申し出た。映画音楽中心から、リスナーのお便りを募る参加型へ。現在のスタイルを確立した。

 入社した23歳当時、「アナウンサーとして何か特色を持ちたい」と常に考えていたという。那覇で育ち、幼い頃から国際通りの劇場で映画を鑑賞してきた。「当時は娯楽が限られていて、みんな映画好きだった」と振り返る。「映画なら楽しくできそう。頭の中にも、話す材料になる資料がありそう」と思ったことも背中を押した。

 番組には毎週、丁寧につづられた感想や映画評が多く寄せられる。パーソナリティーとして、映画の楽しさを共有する雰囲気をつくろうと心掛けた。そのために「自分が映画をちゃんと見ていること」が条件だった。映画館からパスを提供してもらい、勤務時間以外の自分の時間に「沖縄で公開される映画は全部見るぞ」と張り切って劇場に出掛けた。

 映画「E.T.」や「ミッション・インポッシブル」のテーマ、「スタンド・バイ・ミー」など、新旧バラエティーに富んだ映画音楽もラジオ番組にマッチ。好選曲も番組の特色。「作品紹介、お便り、映画音楽の三要素を私がうまくつなげられますようにと、いつも願って制作していた。少しマイナーな作品や新作の音楽も常にチェックして、リクエストが来そうな曲は準備できるように務めた」。慣れ親しんだスタジオ同様、そのような曲の数々が並ぶエフエム沖縄のレコードライブラリーに愛着がある。

 健康面に気を付けながら番組を続けてきたが、昨年6月ごろから顎(がく)関節症に悩まされてきた。録音中にうまく話せないこともあり、番組の終了を決めた。

 放送から約半世紀、ビデオやDVDの普及で映画の鑑賞方法も大きく変化した。「たくさんの劇場で多くの映画を見てきたが、昔の硬い木のいすで見た映画も、最新の設備で鑑賞した映画もワクワク感は変わらない」ときっぱり。「見る人の感受性のみが大切なのだと思う」との持論がある。

 8月29日の放送で番組終了を告げた後、リスナーから名残を惜しむ声が寄せられている。最終回を目前に「この番組は、感想やリクエストのお便りを送ってくださる皆さんと私が一緒に作ってきたのだと改めて思う」としみじみ。「(多くの惜しむ声やお便りに)すごいご褒美を頂いたと思っている。ありがとうございます」と感謝した。

 番組終了後の予定は、まだ決まっていない。「今はなんとなくバタバタしているが、最後の放送で『あれー』とさびしくなることは想像できる。きっと何かしてみたいと思いそう。その時、考えてみます」と模索中だ。(構成、学芸部・天久仁)