女子ボウリングで那覇市立鏡原中3年の砂川舞佳選手(15)は小学生の時に小児がんを克服し、中学で日本一になった。宇栄原小4年生だった2016年、全日本小学生大会女子4年生の部を制したが、その3カ月後に卵巣がんに罹患(りかん)。約4カ月の闘病生活を乗り越え、今年7月の全日本中学選手権で優勝した。20歳まで続く半年に1度の経過観察を受けながら米国への挑戦も視野に入れ、持ち味のスピードボールに磨きをかける。(運動部・當山学)

小児がんを克服し、ボウリング中学日本一になった砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影)

闘病中に友だちから帽子をもらい、喜ぶ砂川舞佳選手=2017年1月(提供)

ボウリングの練習に励む砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影)

二つの全国大会優勝カップを前に、笑顔を見せる砂川舞佳選手

小児がんを克服し、ボウリング中学日本一になった砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影) 闘病中に友だちから帽子をもらい、喜ぶ砂川舞佳選手=2017年1月(提供) ボウリングの練習に励む砂川舞佳選手=那覇市・サラダボウル(田嶋正雄撮影) 二つの全国大会優勝カップを前に、笑顔を見せる砂川舞佳選手

 共に競技者だった父尚毅さん(52)と母優子さん(46)の影響で幼少からボウリング場に通い、小3から大会に出るようになった。小4の8月、楽しみながら出た全国大会で「思ったよりも点数が出た」とアベレージ180点超えで一躍頂点に。「もっとうまくなりたい」と、これまで以上にボウリングへのめり込んだ。

 その年の11月末、突然の発熱にインフルエンザを疑い、病院で解熱剤をもらった。だが、数日たっても熱が下がらない。食欲はなくなり、おなかが膨れた。再検査で右側の卵巣にがんが見つかり、入院が決まる。「ボウリングができないのかな」。10歳の胸に不安が募った。

 抗がん剤の投与が始まると食事の匂いをかぐだけで吐き、髪の毛がごっそり抜けた。苦しい中でもおしゃれを楽しむようにと、友人からもらった数々の帽子を毎日着け替えては写真に収め、スマホで経過報告した。「初めてのことだらけだったけど、先生や看護師たちが明るく接してくれたから」と笑顔を絶やさなかった。