沖縄県名護市宮里の「金城理容館」が1日、48年間の歴史に幕を閉じた。店主の金城喜誠さん(86)は18歳で理容師としてのキャリアをスタートし、この道一筋で約70年。最後のお客さんは18歳になった孫、京佳(きょうか)さんだった。金城さんは「やっぱり寂しいな」と漏らしつつ、家族に見守られながら、晴れやかな表情で孫の髪の毛にハサミを入れた。(北部報道部・西倉悟朗)

孫の金城京佳さん(右)の髪の毛をカットし、理容師としてのキャリアを終えた金城喜誠さん=1日、名護市の金城理容館

48年の歴史に幕を閉じた名護市宮里の金城理容館=2日、名護市宮里

金城喜誠さんが1972年に取得した理容師免許証。「琉球政府行政主席 屋良朝苗」の文字も。(金城さん提供)

孫の金城京佳さん(右)の髪の毛をカットし、理容師としてのキャリアを終えた金城喜誠さん=1日、名護市の金城理容館 48年の歴史に幕を閉じた名護市宮里の金城理容館=2日、名護市宮里 金城喜誠さんが1972年に取得した理容師免許証。「琉球政府行政主席 屋良朝苗」の文字も。(金城さん提供)

■念願の開店

 金城さんは、18歳で理容師の見習いを2年間した後、当時米軍基地内の系列店だったという理容館「セントラルバーバー」で約20年、経験を積んだ。「英語は全然分からなかったけど、簡単な単語とジェスチャーだけで大丈夫だった」と振り返る。

 1972年には理容師免許を取得し、翌年に念願だった「金城理容館」をオープンした。今でこそ交通量が多い交差点の一角だが、当時、周囲は畑だらけ。だがバスが目の前を通っていたことから、「この場所なら繁盛するに違いない」と考えたという。

 金城さんの読みは的中し、開店以来お客さんは絶えなかった。亡き妻の敏子さんと2人で月曜日から土曜日まで営業を続け、4人の子どもを育て上げた。今では11人の孫に囲まれる。

■会話楽しみ

 お客さんとの会話が楽しみだったといい、「遠くから通ってくれる人もたくさんいた」と誇らしげに話す。

 だが近年は腰痛が悪化していたことから、泣く泣く閉店を決めた。「悔しいね。本当は100歳までやりたかったんだよ」と金城さん。

 同日、約70年のキャリア最後のヘアカットを見届けようと、子や孫が理容館に集まった。孫の京佳さんは「おじいちゃんには高校1年くらいまでずっと切ってもらっていた。最後のお客さんになれてうれしい」と笑顔を見せた。金城さんは「千円です」と冗談で応じた。

 カットを終えた金城さんは「長い間、本当にありがとうございましたと、お客さんに伝えたい。皆さんのおかげで楽しく長生きできている。でもまだ若いから、今後は健康第一で畑でも楽しみたいね」と笑った。