「喜劇で一番難しいのは愚か者の役であり、その役を演じる役者は馬鹿(ばか)ではない」。騎士道物語「ドン・キホーテ」の著者、セルバンテスは言う

▼演技論の部類に入る話なのだろう。世界の喜劇王、チャップリンが名作「独裁者」で演じた主役のように、狂気性を帯びた演技や独特の存在感も、経験を積んだ名優ならではである

▼この方はどうだろう。世界の注目を一身に浴びて登場したトランプ米大統領である。4年間のロングラン、「トランプ劇場」の座長兼主役を務める▼就任早々、メキシコとの国境に壁を建設することを宣言し、イスラム圏7カ国からの入国を禁止する大統領令を出すなど、正気の沙汰とは思えない言動が続く。世界の耳目を集めるための計算ずくの対応で、得意の「取引外交」の一環なのかまだ見分けがつきにくい

▼著名なハリウッド女優から公然と批判されるなど、「観客」の評判は芳しくない。政権発足1カ月足らずで最側近の大統領補佐官が対ロシア制裁協議の不正関与で退場するなど、一座の内実は早くもガタガタである

▼芝居用語で、舞台下にある空間のことを「奈落」という。国際秩序を無視し、「米国第一」のスローガンを盲信(もうしん)してドンキホーテのごとく突き進めば、行きつく先は奈落である。笑えない喜劇を見せられている気分になる。(稲嶺幸弘)