木村草太の憲法の新手

【木村草太の憲法の新手】(162) 選択的夫婦別姓 多様性への配慮は合理的 「伝統破壊」の主張誤り

2021年10月17日 05:00

[木村草太の憲法の新手](162)

 衆院選に向け、選択的夫婦別姓制が注目を集めている。議論の前提を整理したい。

 旧民法は、家制度を採用していた。元来、妻はよそ者扱いで、家の氏を称することは許されていなかった。1898年の改正で、妻は夫と同様の氏を名乗ることができるようになった。これは、女性差別解消という意味を持っていた。この制度の下では、妻は「夫の氏」というより、「戸主あるいは家の氏」を名乗ると理解するのが妥当だ。

 これに対し新憲法は、「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」を家族法に求めた(憲法24条)。家制度は解体され、家族は「無限に伸びていく親子」ではなく、個人同士の結びつきとされた(我妻栄『民法研究8』399ページ参照)。この結びつきには独り立ちしていない子が含まれる。いわゆる核家族モデルだ。

 新憲法下では、夫婦の氏は旧来の「家の氏」ではあり得ない。夫婦どちらかの氏と同じとはいえ、婚姻時に作られた全く新しい氏となる。戸籍も新しく編纂(へんさん)される。現在の婚姻に「入籍(にゅうせき)」という言葉を使うのは誤りで、「新戸籍編纂」や「創籍」が正しい。

 こうしてみると、「選択的夫婦別姓で明治以来の伝統が破壊される」との主張は、完全に誤りだとわかるだろう。明治に創設された「氏の伝統」なるものは、新憲法施行により終了している。

 他方、夫婦別姓論者の中には、「自分の家の氏を引き継ぎたい」という者もいる。しかし、仮に夫婦別姓が導入され、婚姻前と同じ氏を選択したとしても、現憲法下では、婚姻時に新戸籍となり新しい氏を使う点に違いはない。

 「親や先祖から受け継いだ氏」なる観念を前提にした議論は、夫婦別姓への賛否を問わず誤解といえよう。

 では、選択的夫婦別姓は、どのような論理に基づき導入されるべきか。それは、多様な個性への合理的配慮だ。

 例えば、障がいのために自筆署名ができない人は、自分だけでは婚姻届を作成できない。それを放置すれば、悪質な障がい者差別となろう。そこで合理的配慮として、婚姻実務では、障害ゆえの代筆が認められている。

 それと同様に、通称使用が認められない外国での仕事が多いとか、研究者としての業績検索が困難になってしまうなど、別氏の選択肢がないと困る人がいる。別氏希望者への合理的配慮が必要だ。

 別姓婚法制化にかかるコストは決して大きくないにもかかわらず、それを無視するのは、別氏希望者への差別とみられても仕方がない。実際、夫婦別姓反対論者の中には、「別姓希望者は子どもの不利益を顧みず、親として不適格だ。婚姻する資格はない」などと、尊厳を否定する言動をする者がいる。

 新憲法下の夫婦同氏制は差別心から始まった制度ではないが、差別的言動が横行する中でそれを維持すれば、差別立法と評価される可能性もあろう。

 選択的夫婦別姓を導入すれば、これまで事実婚を選ばざるを得なかった別姓希望者に、婚姻による保護を与えられる。また、我慢して同氏にしてきた夫婦も別姓を選べるようになる。他方で、同氏希望者に影響はない。

 早急に、多様性に配慮した家族法を実現すべきだ。(東京都立大教授、憲法学者)

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■木村草太 著
■四六判/211ページ

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