[報道の舞台裏 秋の新聞週間](3) 

ヤングケアラーの関連記事と連載の一部

 病気や障がいのある家族や幼いきょうだいの世話を担う18歳未満の子ども、ヤングケアラー。私自身がその存在に関心を抱き始めて間もない昨年3月、メディアへの就職を志す沖縄県内大学3年の男子学生に記者の仕事について話す機会があった。

 学生は今年4月、沖縄タイムスに入社した政経部の松田駿太記者(22)。彼には幼い頃に両親が離婚して母子世帯で育った背景があり、当時、私が取材班の一人だった離婚家庭がテーマの連載企画を熱心に読んでくれていた。

 その企画の意図や裏話を伝えた後、話題の中心は彼の生い立ちに移った。小学2年の時、お母さんがうつ病を発症し働けなくなったこと。周囲の心ない言葉に情緒不安定になったり、時に自死をほのめかしたりするお母さんを十数年そばで支えてきたこと。生活保護バッシングにおびえ受給世帯である事実を押し隠して過ごしたこと。幼い心と体で抱えるには重過ぎる過去に、私は思わず口にした。「松田君はヤングケアラーだったかもしれないね」。きょとんとされた。

 振り返れば、初対面の学生に唐突な問い掛けをしたと反省している。しかしあれから1年半、記者となった彼は元ヤングケアラーとして自身の経験をさらけ出し、私が発した言葉で始まる原稿を書き上げた。一人称の語りは何よりも雄弁で、同じような境遇にある子どもたちの勇気につながり、公的支援の重要性を改めて気付かせてくれたと思う。記事掲載を決断した松田記者とお母さんに心から敬意を表したい。

 同僚記者と一緒に9月から、ヤングケアラーの連載や関連記事を取材・執筆している。年齢や成長に見合わない家族の介護や世話のために、学校生活や進学、就職などあらゆる場面で影響を受けている当事者たち。そうした子どもはずっと前から存在したが、置かれた立場にヤングケアラーの名が付き、本人や周囲のアンテナの感度が上がることで見えてくる苦悩がある。子どもの貧困問題とも密接に関わると実感する。

 介護する子どもやその家庭の頑張りを受け止めつつ、その重いケア責任を少しでも和らげる力になりたい。病気や障がいへの偏見からSOSが出しづらい空気、親を含め必要なサポートが行き届いていない現状、家事や介護との両立が難しい働き方など、ケアラーを取り巻く社会環境に目を向けたいと考えている。(学芸部・新垣綾子)

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