宜野湾市野嵩の住宅街にオスプレイから水筒が落下した。高さ25センチ、直径15センチ、金属製の水筒はつぶれた状態で民家の玄関先で見つかった。

 航空機からの落下物は小さなものでも、地上にいる人の命と財産を脅かす凶器となる。心臓が凍りつくような思いというのは、決して大げさではない。

 在沖米海兵隊などによると水筒は23日夕、MV22オスプレイが米軍普天間飛行場を飛び立った際に落下した。現場は宜野湾市役所北側の住宅密集地だ。

 2017年12月、この場所からほど近い緑ヶ丘保育園の屋根に米軍ヘリの部品が落ちた。当時、園庭では約50人の園児が遊んでいた。

 同じ月、普天間第二小学校の運動場に米軍ヘリの窓が落下。50人以上の児童が授業を受けるその近くに、8キロ近い金属が落ちたのである。

 今回の事故でけが人の情報は入っていない。だがしかし、問題は落下させたという事実である。同様の事故が起き続けていることにも不安が広がる。

 数年前、沖縄で相次ぐ米軍機事故を追及する国会質問で「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばした内閣府副大臣がいた。

 住民が感じた衝撃や恐怖に対し、政府の危機感の薄さを露呈するものだった。同じことが本土で起きたらどうなっていたのか。命に関わる事故が発生してからでは遅い。政府には毅然(きぜん)と対応してもらいたい。

 乗組員教育や安全管理体制など、事故原因と再発防止策をもっと「見える化」し、実効性を持たせる必要がある。

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 25年前の1996年4月、日米両政府は「普天間飛行場の5~7年以内の全面返還」で合意した。

 合意の背景には、当時の大田昌秀知事の強い訴えがあった。同年1月、首相に就任した橋本龍太郎氏に対し「まずは普天間の返還が最優先」と迫ったのである。

 周囲に学校や病院などがあり、事故の危険性が指摘される普天間の返還は、県政として真っ先に取り組むべき課題だった。

 沖縄基地負担軽減担当相を兼務する松野博一官房長官は、今月来県した際、普天間周辺の住民らと「車座対話」を持った。参加者からは「航空機からいろんな物が落ち、墜落の恐怖にさらされている」という切実な声もあった。

 今回の事故を受けた会見で松野氏は、米側へ抗議するか問われ「適切に対応する」と述べるにとどめた。住民の不安を軽視してはいないか。あの車座対話は何だったのかと思う。

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 普天間飛行場では今月に入り、オスプレイの物資のつり下げ訓練も相次いで確認されている。街のど真ん中にある飛行場での実施はとんでもない話である。

 基地と住宅地域が隣接する島で、境界を越えた飛行や危険な訓練が常態化すれば、事故のリスクは高まる。

 日常生活が脅かされている事実を政府は、自分事として重く受け止めなければならない。