名護市辺野古の新基地建設計画は、沖縄防衛局が申請していた軟弱地盤改良のための設計変更を玉城デニー知事が不承認としたことで、新たな局面を迎えた。

 2015年、当時の翁長雄志知事による埋め立て承認取り消しや、18年の埋め立て承認撤回の時と同じように、国は行政不服審査請求で対抗するとみられる。

 ただ、前県政の埋め立て承認の判断や、それを取り消したり、撤回したことの是非が問われたこれまでと、今回は構図が異なる。

 軟弱地盤改良に必要な設計変更そのものが問題となっているからだ。

 公有水面埋立法が規定する「適正かつ合理的」な埋め立て要件を満たしているかどうかが、正面から問われなければならないケースである。 

 法廷闘争へと発展する可能性は高い。だが、裁判闘争に収れんさせるだけでは、問題は解決しない。

 政府側は、新基地建設を沖縄の問題に閉じ込め、本土から見えにくくし、最高裁で勝訴して、その勢いに乗って来秋の県知事選に勝利するというシナリオを描いているのだろう。

 玉城知事は不承認を発表した会見で「政府が十分な説明を行わないまま、一方的に強権的に埋め立て工事を進める姿に不安、憤り、悲しみを感じている県民は多い」と語った。

 問われるべきことを問い、政府を動かすことができるのは、主権者である国民だ。広く国民に訴え、議論を喚起していかなければならない。

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 本島南部の激戦地の土砂を辺野古の埋め立てに使う可能性のある計画を、政府はまだ撤回していない。

 戦没者の遺骨を新基地建設の埋め立てに使用することは犠牲者の尊厳を踏みにじるものであり、認めるわけにはいかない。

 遺骨は骨片や骨灰などの形で紛れ込んでいる場合もある。

 遺族の心情を思えば、遺骨が含まれているかどうかにかかわらず、戦没者の血が染み込んだ土地の土砂を埋め立てに使うこと自体、耐え難いだろう。

 今、学び直すべきは、本島南部の軍民混在の戦場で何があったのかを深く知ること、沖縄戦の実相を多くの国民の記憶として共有していくことだ。

 辺野古を人ごととしてではなく自分ごととして考えてもらいたい。

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 本土では辺野古に対する関心は高くない。メディアの関心も薄れている。容易ではないが、その状況を変えることが何よりも重要だ。

 日本自然保護協会は26日、県の不承認を支持する声明を出した。「ジュゴンに関する環境保全措置や軟弱地盤の調査方法などの不備が指摘されており、いずれも科学的に正当な内容だ」とする。

 設計変更申請の不承認は、県にとって「最後のカード」とも言える。

 普天間の危険性除去をいつまでに、どのような形で進めるのかを、何度も繰り返し問いただしていく必要がある。