星形のシールでとめた封筒。沖縄県宜野湾市大謝名の山城賢栄さん(83)は、妻の喜美(きみ)さん(享年67)の仏壇にお供えしてある手紙を広げた。「ご家族の皆さま、こんにちは。喜美さんのこと(訃報)を知り、手紙を書かずにはいられませんでした」。差出人は沖縄看護専門学校3年のNさん。約15年前、看護実習生として晩年の喜美さんを病院で担当していた。賢栄さんはこれまで何度も手紙を読み返し、病室で見掛けたNさんを思い出してきた。「うちのやつは、自分の世話をしてもらってるというより孫が遊びに来てくれてる感じでね。Nさん、今、どうしてますか」(中部報道部・平島夏実)

Nさんが山城喜美さんの家族に宛てた手紙

山城喜美さん

Nさんが山城喜美さんの家族に宛てた手紙	山城喜美さん

■病室で交わした会話

 手紙の日付は、喜美さんの命日の2006年6月2日。「ご家族の皆様へ」と題して、A4サイズの紙にびっしりと言葉が並ぶ。文字に乱れはない。書き損じもない。

 賢栄さんは「亡くなったその日にこれだけ立派に書いてくれるとは」とNさんの人柄に思いをはせる。切手が貼られていないから、病院に届けてくれたんだろうかと考えるが、手紙を受け取った経緯は思い出せないという。

 手紙には、喜美さんとNさんが浦添総合病院の病室で交わした会話の一端が書かれている。喜美さんの孫にNさんと同じ字で「めい」と読む女の子がいること。その「めいちゃん」が「将来お医者さんになって病気を治してあげる」と言ってくれること。

 Nさんは、同じ関節リウマチを患う祖母と喜美さんが重なり「実習であるにもかかわらずおしゃべりに花を咲かせてしまいました」と振り返っている。

■きっと立派な看護師に

 「きっと立派な看護師になれるよ」「ちゃんと睡眠とるんだよ」。喜美さんはNさんを励ましたという。

 Nさんは「喜美さんとの出会いは私の一生の宝」と感謝するだけでなく、「ご家族の皆さま、長い間の介護、大変お疲れさまでした。今は喜美さんの存在の大きさに放心状態であると思われますが、ゆっくりゆっくり皆さんで支え合って乗り越えていって下さい」と家族を思いやる言葉で結んでいる。

 賢栄さんは「あれだけの子。私には想像できないくらい、病室で心の触れあいがあったんじゃないかな。あの頃の話がしたいし、お礼も言いたい」と目を潤ませる。喜美さんの誕生日の12月23日、「あんたがお世話になっとったNさんに会ったよ」と言えるよう願っている。