世界遺産に登録されている中城城跡から見つかった鍛冶場の痕跡や、14世紀のアオウミガメの甲羅(一部)などの貴重な遺物が那覇市の県立博物館・美術館の特集展「中城村のグスク~中城グスクと新垣グスク」で展示されている。担当する山本正昭主任学芸員は「中城城跡の成り立ちを知る上で大きなヒントになるのではないか」と話している。展示は来年1月10日まで。

中城城跡

中城城跡の「一の郭」から出土した14世紀のアオウミガメの甲羅。人工的な穴が開いている=那覇市の県立博物館・美術館

中城城跡の「南の郭」で発掘された鍛冶場の存在を示す「鍛造剥片」(左)と「粒状滓」

中城城跡 中城城跡の「一の郭」から出土した14世紀のアオウミガメの甲羅。人工的な穴が開いている=那覇市の県立博物館・美術館 中城城跡の「南の郭」で発掘された鍛冶場の存在を示す「鍛造剥片」(左)と「粒状滓」

 中城村教育委員会が2009~19年に調査した。出土した鍛造剥片(たんぞうはくへん)や粒状滓(りゅうじょうさい)など、鍛冶関連の微細な遺物により、「南の郭」の鍛冶工房の位置が推定された。鍛冶は15世紀中ごろから16世紀前半に行われ、鉄のくぎや鏃(やじり)を生産していた可能性が高い。

 1440年ごろから琉球王国時代の英雄として知られる護佐丸の居城となっており、山本さんは「護佐丸の権力の背景は金属の掌握だったことを示す資料ではないか」と説明した。中国産の材料を使って鉄の純度を高める作業をしていた可能性が高いことも分かった。また、山本さんによると14世紀のカメの甲羅がまとまった形で確認されるのは県内初。甲羅の一部には人為的に穴が開けられている。使用目的は不明だという。

 中城城跡は、中城村と北中城村にまたがる標高約160メートルの丘陵に、14世紀後半に先中城按司が数世代にわたって築いた。1972年に国指定史跡となり、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された。