沖縄本島北部の今帰仁村にある農場「クガニファーム」、農薬と化学肥料を使わない新たな水耕栽培にチャレンジしている。農場長を務めるのは、沖縄のお笑い芸人のベンビーさん(47)だ。地元のテレビやラジオ、舞台出演などの本業の合間を縫って、仕事のある那覇市から車で2時間かけ、週3日のペースで通う。沖縄の人気芸人が、時間を惜しんで通い詰める、その訳は?

写真①=クレソンを収穫するベンビーさん(中央)と農場のメンバーの岸本直樹さん(左)、みちはるさん

▶ベンビーさんとのインタビューを音声番組「サクッと沖縄」からお聴きいただけます。農業への思いを語っていただきました

■上間宏明さんの誘い

 「農場長をやってみないか」。きっかけは、今帰仁村で廃棄物回収業を営むクガニの上間宏明代表からの誘いだった。ベンビーさんは「お笑い芸人が農場長って、それだけおもしろい!」と反射的にOKしたという。上間代表は、映画やドラマのロケ地コーディネーターも手がけており、ベンビーさんとは旧知の仲。ベンビーさんは、上間代表の「沖縄の自然を守りながら、発展できる農業がしたい」との考えにも共感した。

 ベンビーさんは芸歴21年のピン芸人。地元テレビとラジオでレギュラー番組を持ち、沖縄のお笑いグランプリでは優勝経験もある。2022年2月に全国公開予定で、桐谷健太さん主演の映画「ミラクルシティコザ」にも出演するなど、沖縄県民にはなじみの深い芸人だ。

 そんなベンビーさんは、クガニが新たに立ち上げた農業部門「クガニファーム」の農場長として21年1月に就任した。意気揚々と乗り込んだ初日、ベンビーさんは目の前に広がる荒れ地に驚いた。クガニファームが借り受けたのは、養鰻場を含む約5万平方㍍の山地。広大な敷地を前に「何から手をつければいいのか途方に暮れた」(ベンビーさん)。

■仲間と汗を流す楽しさ

 気の合う後輩芸人とミュージシャン4人で、まずは拠点となる事務所と駐車場の整備を始めた。まだ収入もないから、もちろん予算もない。手作業で、壁の貼り替えやペンキ塗りなどに取り組んだ。

 養鰻場にある約3千平方㍍のいけすも手入れし、新鮮なわき水が通るようにした。ベンビーさんは「体力的にもきつかったけど、自然の中で仲間といっしょに汗を流すのは楽しく、気持ちが良かった」と振り返る。那覇市や糸満市から駆けつけて手伝ってくれたファンもいたという。

写真②=ベンビーさん(中央)と農場のメンバーたち

 就任から2カ月後には、クレソンの植え付けができるまでになった。クガニファームが取り組むのは、水耕栽培と魚の養殖を組み合わせた循環農法「アクアポニックス」。

 いけすではコイやティラピアなどの魚を飼っており、クガニが飲食店やホテルなどから回収してきた生ごみで作った餌を与える。魚が出すふんを水中の微生物が分解し、いけすの水面に浮いているクレソンが養分として吸収する仕組みだ。養殖と水耕栽培を両立させ、農薬や化学肥料はいっさい使わない。上間代表は「生ごみの廃棄を減らし、栽培の課程でも環境への負担がない。自然豊かな沖縄に合った農法だ」と胸を張る。

■未経験で失敗ばかり

 ただ、ベンビーさんも若手芸人たちも農業は未経験。当初は失敗ばかりだったという。それでもみんなで知恵を出し合って乗り越えた。クレソンが日に焼けてしまった時は、クガニが回収してくる廃棄物の中から見つけ出した遮光ネットをいけすの周囲に張りつけた。成長が遅ければ、エサや魚の量を調節したりするなど、試行錯誤を続けている。

 植え付けから3カ月後の6月には初出荷までこぎ着けた。ベンビーさんは「これまでの努力が実って感無量だった。仲間と祝杯を挙げた」と話した。現在では1日平均1㌔㌘を収穫し、ウンチェーバー(エンサイ)やエディブルフラワー(食用花)などと取扱品目も増えた。「まだまだ実験の段階だが、収穫量も着実に増えてきている」と手応えを語った。

写真③=ほぼすべてを手作業で整備したいけす。農場内に6つある

 将来的には飼っているティラピアの出荷も目指している。上間代表は「ティラピアは東南アジアでは人気の食材で、日本ではイズミダイとの呼び名で取り扱っているスーパーもある。今帰仁村の特産品にまで育てたい」。

■自分たちも関われる

 ベンビーさんは「環境にも食べる人にも優しい農業が、ぼくたちでもできると気づかされた。これなら、自然を守りながら将来にわたって農業を営んでいける。ということは、これってSDGs(持続可能な開発目標)じゃんって思った。敷居が高いイメージだったけど、目の前のことから一歩ずつ解決できるのではと考えるようになった」とする。今では自身のラジオ番組やSNSなどで、「身近なところからSDGsに関われる」と積極的に発信している。

 今後はクレソンの生産量を増やすだけでなく、カフェやオートキャンプ場も整備して、多くの人たちがやんばるの自然に触れる場にしたいとクガニの上間代表と夢を描いている。「沖縄の自然の魅力を引き出して、県外からもお客さんを呼び込みたい。沖縄の新たな観光資源にもなれる」と話す。

 これだけの時間を使って、お笑い業に影響はないのだろうか。

 ベンビーさんは「これまでとは違った観点で物事を見ることができるようになった。新しい感性が身につく感じがしていて、お笑いにも生かされるはず。将来的には、お笑いとSDGsを組み合わせて、沖縄をもっとおもしろくしていきたい」と目を輝かせた。

▶ベンビーさんとのインタビューを音声番組「サクッと沖縄」からお聴きいただけます。農業への思いを語っていただきました

写真④=収穫したクレソンは本島北部のリゾートホテルなどに出荷している