沖縄県本部町伊豆味の染織家、真栄城興和さん(39)は自然の素材にこだわり、大正初期に祖父が創設したブランド「琉球美絣」を受け継ぐ。30歳で病のため車いす生活を余儀なくされたが、海の青や自然の景色を琉球藍で表現し続けている。2021年11月には、念願だったニューヨークでの個展を成功させ「沖縄文化である琉球藍の良さを多くの人に知ってもらいたい」と語る。

自身が制作した作品を身に着ける真栄城興和さん=本部町伊豆味の琉球美絣工房

米・ニューヨークでの真栄城興和さんの展示会(提供)

米・ニューヨークでの真栄城興和さんの展示会(提供)

自身が制作した作品を身に着ける真栄城興和さん=本部町伊豆味の琉球美絣工房 米・ニューヨークでの真栄城興和さんの展示会(提供) 米・ニューヨークでの真栄城興和さんの展示会(提供)

 幼少の頃、伊豆味に移り住み伊豆味小中学校に通い自然豊かな環境で育った。高校卒業後、進学先の千葉県でサーフィンに出会い、海の青や自然を「琉球藍で布に表現したい」と大学卒業後に父興茂さん(66)=沖展会員、日本工芸会正会員=を師に染織を志した。しかし、30歳の時に脊髄動静脈奇形を患い、下半身麻痺(まひ)となって車いす生活に。

 そのため一度は染織から離れたが、思いは消えることなく、18年に車いすに乗ったまま織ることができる高機(たかばた)を木工職人と共に開発。制作を再スタートさせた。さらに「アートの頂点の地で、障がい者の挑戦として遠い」海外・ニューヨークで個展を開くことを目標に定めた。

 19年には会場探しのためニューヨークを訪ねた。車いすでの海外旅行は初めてだったが、それが可能であることを示すために、一連の動きを動画配信サイト「ユーチューブ」で配信した。

 個展は20年のオリンピックイヤーに予定したがコロナ禍で延期。しかしコロナが落ち着いてきた21年11月、琉球藍の青色を示す「OKINAWA BULES」(オキナワブルース)と題し、マンハッタン区にあるギャラリーで開催にこぎ着けた。

 町伊豆味産の自然素材のみを用い、琉球藍で染め織りした布で制作した着物やストール、染めた糸など約30点を展示。同じ伊豆味の「藍ぬ葉あ農場」の池原幹人さんが作った泥藍も使用。福木の黄色と琉球藍の青を重ねエメラルドグリーンを表現した。

 沖縄の海をテーマにした作品には「ジンダマー(硬貨)」で水玉模様を、木の切り株をくりぬき作った「豚の餌箱」では海の水面のざわつきを表現するなど、独自性を盛り込んだ。会場では米国在住の邦人の三線ライブもあり、にぎわいを見せた。

 真栄城さんは「琉球藍は伊豆味が産地。自分が育った大好きな町から沖縄文化である琉球藍の良さをたくさんの人に知ってもらいたい。地元の子どもたちにも伝えたい。琉球藍を発信することで町のPRにもつなげたい」と琉球藍とふるさとへの愛を語った。(仲間里枝通信員)