米軍基地の存在は、県民生活を常に脅かしてきた。

 県内の米軍基地は、1945年の沖縄戦と並行して建設された。米軍は、旧日本軍施設を引き継ぎ嘉手納基地などを建設したほか、住民を収容所に「隔離」している間に民間地を思うがままに接収し、普天間飛行場やキャンプ瑞慶覧などの広大な施設を建設した。

 先祖代々の土地を奪われた住民は、収容所から解放後も所有地への立ち入りを許されず、基地周辺に住むことを余儀なくされた。基地と生活地域が隣接し、米兵による事件事故や騒音などの被害にさらされやすい構図は、その後の宜野湾市伊佐浜の接収などの基地拡張により一層進んだ。

 米国による統治に終止符が打たれ日本に復帰すれば、平和憲法が適用され、米軍のいわばやりたい放題だった状況も変わって基地の整理縮小が進むと県民は期待した。

 しかし現実は、日米が結んだ沖縄返還協定によって米軍は基地の自由使用を認められた。また米軍の運用が優先され「公務中」の米兵犯罪に関する第1次裁判権を米側に与える地位協定の運用も認められてきた。

 復帰時に約2万8千ヘクタールあった県内米軍専用施設は、現在1万8千ヘクタールと3分の2に減った。だが全国比で見ると、復帰時の58・7%から現在は70・3%とむしろ増えている。負担軽減が進んだのは本土側だ。

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 防衛省は現在、沖縄本島の勝連のほか宮古島、石垣島、奄美大島に地対空・地対艦ミサイル部隊を配備する計画を進めている。

 これら離島にはこれまで自衛隊のほか米軍を含めて軍事的なプレゼンス(存在感)はほとんどなかったが、中国の海洋進出けん制などのため配備するのだという。

 南西諸島を巡っては、台湾有事に備え日米が出撃拠点とする新たな作戦計画の原案を作成したとも報じられている。打撃力の高い部隊が配備されることで戦場となる危険性も高まる。沖縄にとっては、復帰50年を経て背負わされる新たな基地負担と言えるだろう。

 米軍や自衛隊の基地を巡っては、泡消火剤に由来する有機フッ素化合物PFAS(ピーファス)流出など新たな問題もある。復帰50年を経て、基地負担の問題はむしろ深刻化している。

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 県内米軍基地の使用条件について日米が合意した基本文書「5・15メモ」の全文が公表されたのはようやく1997年だった。それ以前は内容が明らかにされないまま、日米合意に基づくとの説明で米軍の自由な運用が認められてきた。

 非公表の合意議事録は日米の当局者に「密約」として引き継がれ、日米当局を拘束してきた。

 沖縄の基地負担軽減に取り組むというなら、こうした運用条件について秘密なく明らかにし、地元の声を踏まえ見直す必要がある。