日本国憲法は1946年11月3日公布され、翌47年5月3日施行された。

 新憲法を審議したのは、46年4月に行われた戦後最初の衆院選に当選した人たちだった。この中に沖縄県の代表は含まれていない。

 米軍占領下にあった沖縄住民の選挙権は停止されていたのである。

 52年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し、沖縄の統治が米国に委ねられる。72年5月15日に施政権が返還されるまで、憲法は沖縄に適用されなかった。

 憲法を制定する議会に代表を送ることができず、しかも米国統治下で長期にわたって憲法が適用されなかったことは極めて重い歴史的事実である。

 復帰はこの問題を全て解決したのだろうか。

 復帰によって憲法、日米安保条約、日米地位協定が沖縄にも適用されるようになった。だが、「本土並み」という言葉はまやかしにすぎなかった。

 復帰後に明らかになったのは、戦後日本の「主権回復」が、いまだ道半ばだという現実だった。

 沖縄返還を巡る日米交渉で米側は「5・15メモ」が示すように、これまでと変わらない基地の使用を手に入れた。

 沖縄では依然として、憲法体系よりも安保体系が優先され、その結果、地方自治が大きな制約を受け、市民生活が脅かされている。

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 岸田文雄首相は、年頭所感で憲法改正は「本年の大きなテーマだ」と意欲を示した。

 野党の日本維新の会と国民民主党も改憲論議に積極的だ。夏の参院選の大きな争点に浮上する可能性がある。

 政党間の憲法改正論議に決定的に欠けているのは「沖縄の視点」である。

 日米地位協定は条文を読んだだけでは、運用実態は分からない。米軍の具体的な特権を明示しているのは地位協定の合意議事録である。

 「日米地位協定は、条文ではなくこの合意議事録にもとづいて運用されてきた。ここに最大の問題がある」(山本章子著『日米地位協定』)

 沖縄には米軍専用施設の約7割が集中している。本島の演習場だけでなく、本島周辺には訓練空域、訓練水域が張り巡らされ、低空飛行や民間地域での訓練もしばしばだ。

 復帰50年を迎える沖縄の現状は異常というほかない。 

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 改憲に熱心な安倍晋三元首相は、「戦後レジームからの脱却」を繰り返し主張してきた。

 だが、沖縄にとって戦後レジームとは、米国の排他的統治権の下で築かれた膨大な米軍基地群を将来にわたって維持し、米軍の行動の自由を保障する仕組みのことである。

 9条改正が政策決定の方向付けに影響を与えるのは確実だ。懸念されるのは沖縄の基地負担が固定化され、日米の軍事一体化と沖縄の要塞(ようさい)化を招くことである。

 この現実を直視し、今の状況を抜本的に改善することが優先されなければならない。