[福島 沖縄 国策と慰霊](1)

遺骨を抱き、現場を引き揚げる木村紀夫さん(右)と具志堅隆松さん=2日、福島県大熊町

 手を止めた具志堅隆松さん(67)が、「木村さん」と声を掛ける。指し示した黒茶色の地面から、少しだけ白っぽいものがのぞいている。空気が、張り詰めた。

 木村紀夫さん(56)が無言で周りの土をかき出す。地中から取り上げると、子どもの大腿骨(だいたいこつ)だった。

 「くーっ」

 言葉にならない。泣いて、笑って、木村さんは絞り出した。「すげえ…。もっと徹底的にやらないと駄目ですね」

 警察や知人に連絡しようとするが、スマホを持つ手が震える。動揺で、登録した番号が探せない。ぺたりと、地面に座り込んだ。

 1月2日、東京電力福島第1原発が建つ福島県大熊町の沿岸部。ここで暮らしていた木村さんは東日本大震災の津波で失った次女、汐凪(ゆうな)さん=当時(7)=の遺骨を探していた。

 5年前、6メートルの距離で首や顎の小さな骨が見つかり、DNA鑑定で汐凪さんと確認されている。町内で他に行方不明者はなく、大腿骨は約25センチと子どもの長さで、汐凪さんの可能性が高い。

 5年前の骨たちは環境省の捜索で見つかった。木村さんは当時、取り残してしまった申し訳なさが募り、涙も出なかったという。今回は初めて自分の手で土中から救い出せた。「汐凪に近づいた気がした」と語る。

 現場は原発から3キロ。事故直後、立ち入りが厳しく制限される中、防護服を着てたった一人で捜索を始めた。「探すことが汐凪との対話だった」と振り返る。

 沖縄で遺骨収容を続ける具志堅さんも応じた。「祈りが精神的な慰霊だとすると、遺骨収容は死者に近づこうとする気持ちを行動で示す慰霊です」

 沖縄では名も知らぬ戦没者の遺骨を探している。今回は名前と顔が分かる小学1年生の女の子を探す。隣に父がいる。緊張はしたが、すぐ遺族の元に返せる喜びは何物にも代えがたい。木村さんの手に抱かれた遺骨に「汐凪ちゃん、帰れるよ」と語り掛けた具志堅さんの声も、震えていた。

 それにしても、作業開始からわずか20分で見つかるとは。「お父さんと娘さんが呼び合った。奇跡だ」。具志堅さんはかみしめた。

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 軍事化の犠牲にされ続ける沖縄、原発と途方もない放射能汚染を押し付けられた福島。国策の過ちがもたらす不条理を、慰霊を切り口に考える。(編集委員・阿部岳