母子の命を救う手だての一つとなる。早急に法整備の議論を進めるべきだ。

 熊本市にある民間の「慈恵病院」は西日本に住む10代の女性が、病院以外に身元を明かさず出産する「内密出産」をしたと発表した。国内で初めての事例になると見られる。

 内密出産は慈恵病院が2019年に独自に導入した制度だ。望まない妊娠などで、一人で子どもを生む「孤立出産」や赤ん坊の遺棄を防ぐのが狙いだ。

 内密出産した女性は、出産が分かれば母親に縁を切られると恐れ、病院に助けを求めた。「ここで産めなかったら一人で産んで捨てていたかもしれない」と話したという。

 内密出産制度が赤ん坊の遺棄を未然に防いだと言える。

 制度では、母親が病院の新生児相談室長にのみ身元を明かし、匿名で出産できる。母親の身元情報は病院が保管、子どもが一定の年齢に達したら閲覧できるようにし、子の「知る権利」を確保する。

 だが、法的な根拠はない。 日本の戸籍法は出生から14日以内に親が市区町村に、親の名前を記載した出生届の提出を義務付ける。親が出せない場合は出産に立ち会った医師らが出すよう定める。

 病院は母親の名前を記載せず熊本市に出生届を出す方向だが、刑法の公正証書原本不実記載罪に問われる可能性もある。

 国はこの件で、明確な見解を示していない。

 ドイツは14年に内密出産を法制化した。母親は仮名による出生登録が認められ、子どもは16歳になると母の実名や住所などを閲覧できる。

 日本もドイツの事例を参考に取り組みを始めるべきだ。

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 慈恵病院はこれまで、母子を守るための先進的な取り組みを続けてきた。

 07年には、親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる国内初の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を始めた。21年3月までに保護した159人のうち、半数以上が孤立出産だった。

 相談数は年7千件に上る。

 孤立出産の背景に若年妊娠や貧困問題などが指摘される。医師らが立ち会わない出産は身体リスクも大きい。

 厚生労働省によると、19年度までの17年間で、生まれて24時間以内に命を奪われた乳児は165人。加害者の大半は母親だった。

 病院は母子の命を守る使命感で取り組みを続けるが、民間任せにするべき問題ではなく、法制化へ、国が主導的な役割を担うべきだ。

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 日本の出生数は右肩下がりで、20年は、1899年の統計開始以来最少を記録した。

 親が育てられない子を慈しみ、育てることは社会全体の課題である。

 内密出産の法制化には与党、政府内に「伝統的な家族観を壊す」「安易な妊娠を促す可能性がある」と批判的な声もあるという。

 こうのとりのゆりかごや内密出産を選択せざるを得ない人が相当数いる現状を直視し、議論するべきだ。

 慈恵病院が内密出産導入を公表してすでに2年超になる。早急に手を打つべきだ。