その小さな資料館がオープンしたのは2021年3月12日。東日本大震災が起きた3月11日ではなくその翌日、福島に今も大きな影を落とす東京電力福島第1原発事故から10年の日を選んだ。
原発から南へ約50キロの福島県いわき市。旅館の宴会場だった20畳に、原発事故に関する資料や書籍が並ぶ。「原子力災害考証館」という看板が掛かっている。
旅館館主の里見喜生(よしお)さん(53)は、資料館を構想してから7年ほど悩んだ。温泉地だけに、周囲から放射能の「風評被害」を懸念する声、「悲しみを思い出させるのはふさわしくない」という意見があった。
「私もここに住み、被害と加害が混在する原発事故の複雑さの中に、どっぷり漬かっている」と里見さんは言う。「でも、復興の掛け声ばかりが表に出て、声にならない声が沈んでいくのでは、次の被害を防ぐことはできない」
畳に座り込んで、証言集のページをめくる訪問者がいる。誰にも言えなかった苦悩を里見さんに明かす被災者がいる。開設して良かった、と実感する。中央には、ランドセルやマフラーを展示する。木村紀夫さん(56)が里見さんの理念に共鳴して、次女の汐凪(ゆうな)さんの遺品を託した。汐凪さんの遺骨が眠る大熊町を拠点に木村さんが立ち上げた伝承活動のグループでも、二人は行動を共にする。
その「大熊未来塾」は今年、地域の若者たちを連れて沖縄を訪れる計画を立てている。楽しみにしている一人が、秋元菜々美さん(23)。「福島は3月で11年だけ...