[福島 沖縄 国策と慰霊](5)

 飛行機のテーブル上、飲み物を置く丸いくぼみに、白い物体が4個転がった。骨。いや、模型だ。機中の具志堅隆松さん(67)は繰り返し手に取って、形を確かめた。

 「手の付け根部分にある手根骨です。見ての通り、石ころに似ていて見分けにくい。指先で感触を覚えられるように」

 自宅でも夕食後の空いた時間などに練習を繰り返しているという。遺骨を救い出すことに、具志堅さんはいつでも本気だ。「遺骨にも尊厳がある。家族の元に帰る権利がある」と固く信じる。

 ずっと東日本大震災の犠牲者の捜索にも加わりたいと思っていた。昨年、沖縄を訪れた木村紀夫さん(56)の次女汐凪(ゆうな)さんの遺骨が見つからないままだと知り、手伝いを申し出た。

 元日の朝に沖縄を出て、夜には福島に入った。再会のあいさつもそこそこに、5年前汐凪さんの遺骨の一部が見つかった場所、状況を木村さんから詳しく聞き取った。翌日は現場の地形を見極め、掘り始める場所を決めた。その準備、経験、熱意が、開始20分で子どもの大腿骨(だいたい)を見つける結果を生んだ。

 現場は東京電力福島第1原発から3キロの至近距離。...